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股野 特大
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novelistID. 38476
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私鉄沿線物語

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私鉄沿線物語



中谷慎二 32歳。会社員。独身。

中谷は今年の3月、大阪から転勤で福岡へやって来た。
中谷の会社は全国的知名度はないが、不動産会社では名が知れた会社で全国に支店を擁している。
「最近、福岡が忙しそうなんや。ちょっと行ってきてくれへんか?」
部長の安請け合いのせいで、中谷は半年だけの転勤を命じられたのだ。
「他にいてへんのですか?」
「お前独身やろ。なら丁度ええやん。遊んできたらええねん」
「僕だって彼女いてます」
「ちょっとの間だけや。会社命令や。行って来い」
サラリーマンの宿命といえ、上からの命令は絶対だ。
中谷は彼女である梨沙子にブーブー文句を言われながら、大阪を後にして福岡へやってきたのだ。
「女、作ったら許さへんからな」
「なら、遊びに来てくれるか。淋しいねん」
「たまになら行ったるわ。その代わり旅費はあんた持ちやで」
「がんばってくるわ」

中谷の住むマンションは会社のマンションなのだが、勤務地天神から20分離れた急行電車が停まる住宅地が集まる郊外にあった。
通勤時間は大阪にいるときより短いから楽なのだが、朝は大阪と同じように車内は混んでいた。
午前8時半から6時までの勤務だが、付き合い残業が多い。
帰りの電車はいつも午後8時を過ぎていた。

私鉄線の線路脇には中谷の会社が管理するマンションがいくつも立ち並んでいる。
あそこも、あそこも。
学生や新入社員、転勤族などこの春で随分物件を紹介したものだから、中谷も地理感を覚え福岡の街自体が好きになってきていた。

一つ目の急行電車が停まる駅を過ぎ、二つ目の駅で降りるのだが、電車は途中、大きな川を渡りスピードを出すポイントが有る。新幹線の線路を過ぎた所直ぐなのだが、電車のスピードもトップスピードのため中谷がこの間、お客様に仲介したマンションはあっという間に後方へ過ぎていってしまう。
幾つもの物件を抱えて業務として仲介しているのだが、その沿線沿いの物件を決めたお客が気になった。

そのマンションは電車の騒音がうるさくて人気がなく1年ほど空き家のままだった。
窓を開ければ、ほんの数10mの正面に私鉄の電車が行き交うからだ。
ちょうど直線らしく電車のスピードも速いのだろう音がうるさい。
入居した彼女はアラサー女史と言われる年代。中谷とほぼ同じくらいの年齢だった。
彼女は窓の外の電車を見るなり「ここでいいです。決めます」と言った。
中谷は気を利かして「うるさくないですか?」と言ったのだが、
「電車が好きなのでちょうどいいわ」と彼女が窓を閉めながら言った言葉が妙にエロチックで覚えていたのだ。
毎朝、毎晩、中谷はここを電車で通る時、思い出すのだが、電車は速いスピードで通り過ぎるため閉じられたカーテンをチラリとしか見ることが出来ない。
ちょっと気に入ってたあのお客の顔をもう一度見たいと思うのだが、スピードの速さにほんの一瞬しか観察できないでいた。

作品名:私鉄沿線物語 作家名:股野 特大