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桜の木の下には

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 私は一つ彼に感謝していた。彼の最期を看取っている間、私は桜の樹がもたらす何か不安のようなものを感じずに居れた。今年、初めて花見をしている人の群れに参加できた気になれたのだ。
 
 しかし、その不安はなくなったわけではないので、すぐさま、私に干渉してきた。桜の幹も、太陽も、私が思いついた不安の要素はどれも確信をついていなかった。まだ、なにか、私を不安にさせるやつが潜んでいる。



 突然やってきた。
 雀を桜の根元に置いたとき、桜の花びらが一枚、地面に落ちてきた。その一枚はまだまだ咲いていられそうなほど綺麗で、この一枚を眺めるだけでも花見と言えるほどのものであった。真新しい花弁が落ちたのは無数の花びらが敷き詰められた公園の道路。灰色を見事に埋め尽くしている。
 いや、待て。色彩が汚い。道路に敷き詰められている桜はこの一枚の花びらと同じように落ちてきたものだ。落ちて時間がたてば、その輝きが失われていくというのには納得する。だが、それ以上に、桜の花びらの美しさの劣化の速さに気づいた。時間ではない、何かが桜を劣化させている。そう気づいて私はもう一度桜の根元を見た。死んだ雀にはもう綺麗な花びらが乗っかっていた。だが、その付近に落ちている桜もどうも美しかった。その無数にある花びらのうち、半数くらいは昨日だとか、もっと前に落ちていたものかもしれない。だが、道路に落ちている花びらとは絶対的にどこかが違っていた。
 違いを探して道路を見ると、ああそうか。ヒトだ。桜よりも、雀よりも大きいヒトがいた。こいつらは桜の花びらを踏みつぶし、頭上の咲き誇る桜の樹に夢中になっている。どこからか運んできた泥や、煙草の灰、道路から染み出た灰色、排気ガスの残り香、そういうものたちを運んで、この桜の花びらたちに押し付けている。
 仮にヒトがいないこの公園を想像してみよう。落ちた桜は誰にも踏まれることなく、時間にだけ触れ、風化し、時には風に流され、どこか、近くの川だとか、そういうところに持っていかれ、運が良ければ海まで運ばれる。その一枚の冒険を桜を飲みこんだ鯨が無意識に想像し、偶然出会った仲間にそれを話す存在を知らないが、その匂いや美しさに話を弾ませる。そんな、自然が待っているかもしれない。
 ひどいもので、人間は容赦なく踏みつぶしていく。綺麗だ、綺麗だと笑顔で踏みつぶしていく。
 私はこの人間の悍ましさを不安に思っていたのかもしれない。不安とこの話は結びつきにくいかもしれないが、少なくとも私はそう思った。私、達は足元の風景を汚しながら頭上に思いを馳せている。春の心地よい風、空気の中で惨憺な事件が起きていることに気づくものはいない。彼らが気付くには、そのための体験が不足している。
 私も、雀が死んで、人に踏まれていない桜の根元を見なければ、気づかなかっただろう。
 桜の樹の下には屍体が埋まっている!そんなことはないだろうが、桜の木の下には惨憺が潜んでいるということだけは、たしかに受け取ることができたような気がする。それを理解して、私はなんだか自分の不安に一段落が付いた気がして、わずかな金で切符を買うために公園を出て駅に向かおうと雀と桜と小岩に置き去りにした本を風景にして、来た道をヒトの群れに紛れて、桜を踏みつぶしていった。

 頭上は見ずに、だ。

作品名:桜の木の下には 作家名:晴(ハル)