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『師匠と弟子と』6.5~『師匠の背中』

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 落語家の世界を舞台にしたまんぼうさんの『師匠と弟子と』その6と7の中間、6.5に当る話を書いてみました(原作URL http://novelist.jp/83312_p1.html もちろん原作者のご了解を得て書いたスピンオフ作品です)

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 小金亭鮎太郎は二つ目の噺家だ。
 弟子を取らない主義だった小金亭遊蔵がその主義を曲げてまで取った弟子、前座から二つ目に上がるのに人より一年長くかかっているのだが、それはじっくり育てようと言う師匠・遊蔵の考えの下でのことだ。
 そしてこの春、遊蔵は毎年春、秋の恒例になっている青森での落語会を鮎太郎との親子会として、自分の贔屓筋にお披露目をした。
 その席で、鮎太郎はあまりウケなかった、最初は「へまをした」と思い落ち込んだ鮎太郎だったが、実の所は違っていた。
 師匠から『お客さんはお前の了見を見ていたんだ』と諭され、師匠の娘さんで恋人でもある梨奈ちゃんにも励まされて立ち直り、気持ちを新たにした。
 青森から帰ってからは、それまで以上に熱心に稽古を積んで、師匠からも時々は「上手くなったな」と言ってもらえることもある。
 二つ目仲間での落語会も軌道に乗っていて、お互いに切磋琢磨しているのだが、その仲間内からも『鮎太郎の噺は本寸法だな』などと言われる。
 そして、何よりも、鮎太郎自身、自分の噺は同期の中では誰にも引けを取らないという自負も持っている。

 しかし、このところ、鮎太郎は少し浮かない顔をしている事が多い。

「ねえ、どうかしたの?」
 梨奈ちゃんがちょっと心配そうに顔を覗き込んで来る。
「いや、別に……」
「変なの、芸のほうなら順調すぎる位順調じゃない、お父さん、鮎太郎の前ではどう言ってるか知らないけど、晩御飯の時なんか『鮎太郎は俺が見込んだだけの事はあったな』なんて嬉しそうに話してるのよ」
「うん……自分でも手ごたえはあるんだ」
「だったら何が気にかかるの? あたしとの交際だって順調じゃない、それともあたしに何か問題ある?」
「とんでもない、梨奈ちゃんに問題なんかあるわけないよ」
「だったら何よ」
 そこまで心配してもらって、自分の胸の内だけに止めておくわけにも行かない。
「あのさ、仲間内でやってる二つ目の落語会なんだけど……」
「うん、その落語会が?」
「俺、どうもウケないんだ」
「そう? そんなことないと思うけどな、鮎太郎が一番上手いと思うよ」
 梨奈ちゃんはよくその落語会に来てくれているのだ。
「ありがとう、でも、梨奈ちゃんは師匠の娘さんだから耳が肥えているだろ? 青森のお客さんたちもそうだったけど、お客さんはそういう人ばかりじゃないよ、落語だからさ、笑ってもらってナンボのものだと思うんだ」
「まあ……それは確かにそういう面もあるわね……」
 梨奈ちゃんも気づいているのかもしれない。
 二つ目仲間の中にはオーバーな動きやギャグの連発で大きく笑いを取る者もいる、しかし正統派の古典を演る鮎太郎は、たとえ笑いの多い滑稽噺でもそこまでの大きな笑いは取れないのだ。
「そうね、お客さん若い人が多いから……」
 梨奈ちゃんも少し思案顔になる。
 二つ目の会は若手ばかりなので客層も若い、と言ってメンバーにはイケメンで人気があるとか既にバラエティ番組などで人気を取っているような者もいないから、若い人なりに落語を聴きに来てくれているお客さんたちだ、そこで後れを取るという事はこの先噺家としてどうなのだろう? と言う疑問も沸いて来る。
 落語は伝統芸能でもあるが大衆芸能なのだ、能や狂言なら好事家を唸らせられればそれで良いのかもしれないが、落語はそうではない。

「師匠にも褒めてもらえることも増えてきたし、寄席でも他の師匠たちに『上手くなったな』とか言ってもらえるけどさ、当たり前だけど大師匠たちにはまだまだ敵わないよ……今の俺ってさ、若い人にはウケないし、長年落語を聴いて来た人から見れば半人前なんだよね……」
「そっかぁ……でもさ、鮎太郎は確実に上手くなってるよ、いつかお父さんも超えちゃえば良いじゃん」
「それって、いつの事になるのかなぁ……」
「あ、ほら、『ローマは一日にして成らず』とか言うじゃない」
「そうだね……」
 梨奈ちゃんはいつか大看板になると信じてくれて励ましてくれているのがわかるから笑顔で応えたものの、鮎太郎の心の中に生じた迷いは簡単に消えるものではなかった。


 そうこうしているうちに秋になり、また師匠の青森公演の日が近付いて来た。
「今年も親子会にするから、お前も一緒に来い」
 師匠は一点の迷いもない様子でそう言ってくれるのだが……。
「なんだ、浮かない顔をして……お客さんたちもお前の成長を楽しみにしていると言ってくれてるんだ、しゃんとしろよ」
 そう言われては鮎太郎には何も言えない……。


 青森での親子会。
 鮎太郎の選んだネタは『目黒のさんま』だ。
 秋らしい噺と言うこともあるが、得意ネタでもある、少しでも自信を持って高座を務めたかったのだ。

「あ~、空腹を覚えた、膳を持て」
「はて、余はこのような魚を食した事はないが?」
「これは食しても大事無いのだな? 大丈夫なのだな?……これは美味である!」

 『目黒のさんま』は殿様の世間知らずぶりと、それに振り回される家来達の困惑ぶりが可笑し味だが、殿様を傍若無人に演じてはそこに可笑し味は生まれない、あくまで悪気はなく世間知らずなだけのように演じなければならない、かといってあまりくだけては殿様らしくなくなって家来の困惑ぶりが生きない、その辺りが難しい所で、二つ目の会での仲間の中には、思い切りくだけた調子に変えて、ボケの殿様とツッコミの家来と言う具合に演じる者もいる……正直言ってその方が笑いは取れているが、鮎太郎の殿様はあくまで正統派だ、そして、遊蔵を聴きに来ている、耳の肥えた青森のお客さんたちも鮎太郎の殿様を楽しんでくれているようだ、遠駆けに出た先の目黒での場面では穏やかな笑いが会場に流れていたのだが……。

「今宵はお召し上がりになりたいものを、何なりとお申し付け下さい」
「ならば余はさんまである、さんまを所望いたすぞ」

 お城ではさんまを食べさせてもらえない殿様が、お出かけになった折に何でも好きなものをと言われて、ここぞとばかりさんまを所望する場面、そこまでは殿様らしく振舞ってはいても相手は良く知っている家臣、どこかフランクな感じで演じられるのだが、出先のお屋敷ではどうしても重々しく演じなければならない、この辺りは二つ目の会でも特に笑いが少ない部分だ。
 しかし、周りが二つ目ばかりならば鮎太郎も自信を持って威厳のある殿様を演じられる、しかし今日は師匠の遊蔵を聴きに来たお客さんたち、師匠と比べられたら……そう思うと客席が少し遠くなったかの様に感じられてしまう、そしてそれは二つ目の会で大きな笑いを取れないと言う迷いを思い起こさせる。
 師匠には遠く及ばず、かといって手っ取り早く笑いを取る術も持たない……自分がなんとも中途半端な存在に思えて来て、いたたまれなくなってしまった、そして……。