カブる力
髪は、ソフトモヒカンにした。眉毛はそろえた。フレームの太い、オリバーゴールドスミスの眼鏡をかけた。ビームスで買ったミリタリー調のアウター、白黒幾何学模様のインナーと細身のチノパンを着用し、靴はぼとっとしたワークブーツをはいた。皮膚は白いままでよかったが、体重は少し減らした。グレゴリーのボストンバッグを提げ、中には会社法の参考書と住野よるとヒストリエの最新刊と、ジャグリングのビーンバッグと三葉虫の化石とプリングルスのサワークリーム&オニオン味などなどを入れた。Xperia から、Rock City と乃木坂 46 を交互にかけた。そうして俺は、「No rain, no rainbow」とか「そこは逆に……」とかぶつぶつ言いながら、背筋を伸ばしてだらだらと歩いた。
そしておばさんの家のそばまで来ると、果たして、向こうからやってくる、待ち遠しかった人影を目に留めた。俺にはその人影が、俺の生き別れの兄弟じゃないかと思えるぐらいにうれしかったが、しかし予断は許されなかった。
「カブり神」である俺の力を、舐めてはいけない。これまでに経験の無い超ド級のカブりを、このタイミングで、真っ赤な他人としでかさない保証は無い。俺は緊張を取り戻して、表情を崩さずに歩いていく。住宅街の中の、二台の車がやっとすれ違えるかの道路を、俺と彼がだらだらと歩いて距離を縮める。百メートル、五十メートル……俺は慣れているし事情も解っているが、向こうにはさぞ俺が怪しく思えるだろうな……二十メートル、十メートル……本当に、近づけば近づくほど、同じぐらいの年齢、同じ髪型、服装、荷物なのが判ってくる……五メートル……
「すみません」
張りつめていたものは、意外にも、向こうからの声で破られた。
……俺がこれまでごまかしてきた視線を彼のそれに合わせると、彼は笑顔を作って続けた。
「室屋川登志彦さんでいいですか? 僕はあなたのお父さんから仕事を頼まれた、通称『カブり王子』って者なんだけど……」
【完】