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カブる力

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幼い頃からカブっていた。
 俺は、ものごころが付いて以来……いや付く前から、朝起きてトイレに行きたくなるタイミングが絶対に親父とカブっていた。それを親父とお袋は、「さすが遺伝子が同じなんだなあ」と喜んでいたそうだが、実はそういう問題では無かった。
 俺のニックネームは、ずうっと、「ペアルック」だった。念のために説明すれば、もちろん、クラスメイトの誰かしらと服がカブったから。クラスメイトとカブらなければ担任の先生とカブり、担任の先生とカブらなければ「失礼します!」と入った職員室でカブっていた。幼い俺は「何故そういう服ばかり買ってくるのか」と泣いて母親に訴えたこともあるが、日々の出来事の中でこの「カブる力」が母親とは関係無く作用していることには俺自身が気づいており、この八つ当たりは辞めざるを得なかった。
 それにしても、「カブる力(ちから)」はカブる力であって、「当たる力」とは違っていた。つまり、例えば、テストの分からない問題を当てずっぽうで答えて先生が用意した正解に合致させられる程度は、他のみんなと同じだと思われた。基本的に、しようもない力だったのだ。
 親譲りの大雑把な性格は、本当に俺を助けてくれたと思う。おかげさまで、俺は世にも珍奇な理由によって不登校やひきこもりに陥ることも無く、一応自立した社会人に至れている。出勤のためにアパートの自室の扉を開ければ絶対に隣室の誰かも開け(しかも髪型や服装や荷物が無駄にカブっており)、自販機で缶コーヒーを買おうとすれば人影の無かった自販機前に絶対に人が集まり始め(しかも髪型や服装や以下略)、会社は会社で面接の時点から髪型と服装がカブり(それでも採用して下さったなんて、本当にありがたく)、共有プリンタを使いたいタイミングも百パーセント上司とカブるという日々を、結構笑顔で送れている……
 が、しかし、これはこれで、全く気にならないと言えばうそである。俺は、吐き出し場所が欲しかった。そうして俺は、インターネットで『みんなが一回カブるまでに、俺は三十回カブる! カブり神のブログ』なるものを立ち上げて、気まぐれに記事を書き始めた。既に挙げてきたようなことや、初めて出来た彼女の前カレの愛称が「としくん」だったために、俺の名前が「としひこ」であるにも関わらず「ひーくん」と呼ばれることになったというエピソードも披露した。
 ブログに対する反応は、やはりこんなものか、という感じだった。来てくれる人は僅かで、コメントを書いてくれる人は圧倒的僅か。その彼らも、「作り話寒い」「除霊してもらえば」「カツラじゃなかった」と書き残すだけだった。

 そんなある日、俺のスマートフォンに、見慣れぬメールが届いた。実に、ブログを経由した、初めての連絡だった。

    としひこさん、始めまして。
    あなたのブログを偶然見つけて、興味深く読みました。
    私は、あなたと同じ世田谷区内在住の女性です。
    あなたにお願いがあります。
    お金は実費と前金二十万円、成功報酬二十万円でいかがでしょうか。
    ぜひお返事下さい。

                室屋川

 さすがに俺も、これに両手放しで「いやっほう!」と喜ぶほど大雑把で単細胞ではなかった。ただ、プロフィール(そこでの名前は「カブり神」)から居住地を拾い、一記事中に埋もれている俺の実名をわざわざ拾ってメールフォームを使ってきたのは、ロボットや業者だとしては手間がかかり過ぎているというのも事実だった。
 俺がそのメールを削除できずにいると、数時間後に次のメールが届いた。

    お昼頃連絡させていただいた室屋川です。
    きっとずいぶん怪しまれていると思いますが、無理も無いのは分かっています。
    私自身も、動転している、バカバカしいことをしているという
    自覚があって言いにくかったのですが、
    実はお願いというのは、一年前に失踪した息子のことです。

 俺は、駅の近くで張り紙を見かける「男性向け高額・高収入アルバイト」のような内容でないことに安堵と失望を感じたが、それ以上に、この女性が俺を何に巻き込みたがっているのかに、興味と不安を掻き立てられた。
 メールは、結局こういうことだった。……この女性の息子さんは、一年前に自宅から失踪した。捜索願はとっくに出したが、警察から連絡は無い。興信所もだめだった。もはや、この女性のご夫婦は、息子さんが自発的に戻ってくるのを待つ以外に無いのではないか、と思っていた。けれどこの女性は、偶然俺のブログを見つけてひらめいた。俺が息子さんと同じ髪型、同じ服装で同じ荷物を持ち、同じ音楽を聴きながら同じ本を読み、同じ口癖をつぶやきながらこの女性のお宅を訪れれば、ひょっとして同じタイミングで息子さんが帰ってきてくるかもしれない、と……この女性自身、突拍子もないことを書いているとは十二分に承知しており、生真面目な常識人の旦那さんにも到底話せないが、しかしお金は間違いなく支払う、と。

    ……ちなみに、息子はあなたと同じ年齢で、あなたと同じ登志彦と言います。

 俺は、ふるえた。戸惑いと感動が、同時に俺を襲った。
 ……確かに、このおばさんはバカバカしいことをしている。突拍子も無いことを書いている。頼られている俺ですら、そう思わざるを得ない……がしかし、こんな役立たずの力が、ついに役立ちそうな時が来るとは! あなたしかいないと頼ってきて、大金まで支払ってくれるとは! ……そうか! おばさん! そして登志彦! この俺を、思う存分に頼るがいい! この俺がカブり神だ! この俺様がっ! カブり神様だっ!

 その次の日曜に、俺は区内のファミリーレストランにいた。やってきたのは、やはり俺のお袋と同世代だと思しき、小奇麗なおばさんだった。
 このツーショットが周囲からどういう関係に見えていたかは判らないが、当てられた人は皆無だったろう。
 おばさんは俺のカブる力について知りたがり、俺は即座に俺と全く同じ横縞のパーカーとブラウンのスラックスを着用している客を指さして威力を示した。それからおばさんは、彼女の息子さんについてさまざまな情報を俺に語り、それを俺は熱心にメモした。全身全霊でカブってやるという決意が、俺にエネルギーをみなぎらせていた。
 おばさんは早速この日の飲食代を持ってくれ、更に四十万円を差し出して、うち二十万円は実費のぶんだけ使ってほしいと言い添えた。

 おばさんとの初めてのオフから、一か月が経った。
 あの後も何度か打ち合わせし、前日におばさんからのお墨付きも得た俺の上に、この決行の日の空が青く晴れ渡っていた。
 俺は某駅で降りると、グーグルのストリートビューで確認を済ませてきた道を、会ったことも無い「室屋川登志彦」くんになったつもりで進んだ。
作品名:カブる力 作家名:Dewdrop