小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

その日までは

INDEX|10ページ/18ページ|

次のページ前のページ
 

父母 その後

     
 晴天の元、潤也と晴香の結婚式が、滞りなく執り行われた。
 家族たちは、祝客の応対に追われながら、ふたりの晴れやかな門出を心から祝った。そして、心の奥底では、さあ、次は自分たちの番だ、とそれぞれの決意に奮い立っていた。
 
 
 翌日、新婚のふたりは、十日間にわたる海外への新婚旅行へと成田空港から飛び立っていった。夫婦で見送りに行った帰り、幸治は妻の万里子をコーヒー店に誘った。万里子は万里子で、あの話を持ち出すいい機会だと思い、ついていった。
 その店は、幸治の行きつけの例のコーヒー店だった。カウンターの中のマスターとのやり取りで、いかに普段から通っているかが万里子にもよくわかった。店内は落ち着いた雰囲気で、いかにも幸治が気に入りそうな店だと感じた。そして、幸治はお気に入りの奥の席に万里子を案内した。
 
 席に着くなり万里子が言った。
「ねえ、あなた、話があるんだけど……」
 不意を突かれたような万里子の言葉に、先を越された幸治は一瞬うろたえた。でも、どんな話でものんでやろう、そうすればこちらの件も言い出しやすくなる、そう思い直し、快く妻の話を聞くことにした。
 いつものコーヒーが運ばれてきて、それを一口味わった幸治は、さあ、どうぞとでも言うように万里子に顔を向けた。
 次の瞬間、万里子の口から思いもよらぬ言葉がでて、その場に凍りつくことになるとは夢にも思わず。
 
「恵子たちと別に暮らすことはできないかしら?」
 何か大きな買い物とか、友だちと旅行に出かけるとか、そんな類の話だと思っていたので、すぐには対応できない。
「そんなこと、お前……」
「今さらできるわけない、と言うのでしょう? もちろん、簡単にできないのはわかっているわ。だからこうして相談しているの」
「どうして、また急に……」
「急なんかではないわ、ずっと思っていたけど、式が終わってからと思って今日まで我慢してきたのよ」
(式が終わるまで? 俺と同じということか……)
「家事や孫たちの世話が大変だと言うなら、恵子と話し合えばいいじゃないか。嫁じゃないんだから、言いたいことがあったらはっきりと言えるだろう?」
「あなたは何もわかってないのね。お嫁さんだったら、もっと気遣いがあるからこんなことにはなっていないわ。
 恵子は何でも母親の私が折れて、自分の思い通りになると思っているのよ。そういう風に育てた私がいけないのかもしれないけれど、今さらそんなこと言ってももう遅いし」
「たしかに、お前は子どもたちに甘かったかもな。でも、今からでも、ビシッといえば恵子だってわかるはずだよ」
「あなたって、ホント甘いわね……
 これまで私が口をつぐんできたから、丸く収まっていたのよ。それが突然、私が自分の思うことを言いだして、あの子が素直に従うと思う? あなただってわかるでしょ?
 猛烈に反発して、正面衝突するのは目に見えているわ。親子の間では遠慮がないから、それは大変なことになるでしょうね。そうなりたくないから、こうして相談しているんじゃないの」
 
 幸治は必死に考えた。何とか妻をなだめて今まで通りの暮らしを続ける方法はないだろうか? と。
「孫たちの世話と言っても、もう赤ん坊ではないのだし、すぐに大きくなってしまうさ。もうちょっとじゃないか」
「子育ては、その時その時で大変なことが出てくるものよ。それに、今でこそおとなしく家にいるけれど、恵子のことだから、そのうち子どもたちを私に預けて働きたいと言い出すに決まっているわ。結局、私は、ずっといいように使われることになるのよ」
「孫たちと暮らせることをありがたいとどうして思えないのかなあ?」
 幸治はしまった、と思った。
 自分は、仕事で普段家にいない。休みの日にちょっとかわいがるだけの自分に、日頃から世話をしている妻の大変さなどわかるはずはないのだ。
 
 完全に妻の機嫌を損ねてしまい、幸治は例の話をこの日は持ち出すことなく、店を後にすることになってしまった。

作品名:その日までは 作家名:鏡湖