幻想人手帳
こんがり甘い月
目覚まし時計がけたたましい音で鳴りひびく。意識がはっきりしないまま、手探りで音がするほうへ手を伸ばした。あんなに暴れていた音がぴたりと止まる。私は眠気に誘われるまま、ごそごそとふとんの中へ戻った。
横で気の抜けたあくびが聞こえる。彼は猫の鳴き声のような声を出して体を伸ばしたあと、ごろんと抱きついてきた。うなりながら私のおなかをつついてくる。くすぐったい。私も負けじと、うなりながら彼のおなかをつついて、二人でしばらく眠気と戦った。
起きてしまえば、あとはお決まりの所作が続く。
食パンを入れたオーブントースターのベルが鳴り、彼が慣れた手つきで二人分の食パンを皿に並べる。私はジャムとバターを出して、コップに牛乳を注いだ。
「いただきます」
小気味よい音を立てて、トーストをほおばる。正面を見ると、いつのまにか彼のほほが、エサをためこんだリスみたいにふくらんでいた。もぐもぐとするたびに小さくなっていく。最後に牛乳を飲んで、彼は満足そうにほほえんだ。
「ごちそうさまでした」
土曜日だからスーパーマーケットへ行く日だ。食器を片づけ服を着がえて、いつもの道を自転車でたどる。
お買い物リストに書かれた商品を、二人で見つけてカゴに入れていく。スーパーマーケットの中にあるパン屋さんに寄ると、小さなクロワッサンがたくさん入った袋が目にとまった。
彼が他のパンを見ているあいだに、一袋カゴに入れる。戻ってきた彼が私の肩に顔をのせて「クロワッサン食べるの?」と言った。何だかかわいく思えて、私は「おやつに食べようと思って」と返事をしながら彼の髪をなでる。うさぎの毛並みのようにふわふわした感触だった。
おやつの時間になり、私は胸をおどらせてクロワッサンの袋を開ける。その音を聞いた彼が近づいてきた。一緒に小さなクロワッサンを口に運ぶ。
サクサクとした軽い食感のあとに、ふわふわでもっちりした食感。生地の上に塗られたシロップの甘さとバターの風味が口に広がって、食欲を満たしていく。彼と目が合い「おいしいね」とわかちあえる幸せに、心も満たされていった。
こんな日々がずっと続けばいいのに、と心でひそかに願いながら、私はまた小さなクロワッサンに手を伸ばした。