ライバル~手~
その秋、俺たち南高サッカー部は全国大会への切符を掛けてライバル北高と県大会決勝を戦っていた。
スコアは1-0で俺たちのリード、そして既に後半アディショナルタイムに突入している。
あと何分か凌げば全国大会への切符が手に入る、と言う状況に置かれたチームと、あと何分かの間に得点を挙げられなければ三年間の厳しい練習が報われずに終わると言うチームでは、モチベーションの強さは変わらなくても方向が全く異なってしまう、終盤に入ってボールは俺たちのサイドからなかなか出て行こうとせず、俺たちは防戦一方だ。
俺は南高のキャプテン、ポジションは守備の要・センターバック。
そして俺がマークするのは北高のエース盛田、ポジションは点取り屋・フォワード。
南高と北高はここ十年近く常に県代表を争って来た、大会では常に決勝で顔を合わせて来たし、県内では他にライバル校が見当たらないこともあって練習試合も頻繁にやっている、そしてそれは一軍同士ばかりではなく二軍同士、あるいは学年ごとの練習試合と様々なレベルで行われ、二校は常に競い合い、共に成長しあって来た。
だからフォワードの盛田とセンターバックの俺は一年の時からしのぎを削って来たライバル同士。
プライベートでは交流もないしフィールドでも別段親しく会話を交わすわけではないが、ずっと意識して来た相手であり、チームメイトとはまた違った親近感を抱く相手でもある。
この試合でも盛田は俺たちのゴールを幾度となく脅かした。
とにかく少しでも自由にすると危険な選手だが、勝手知った相手でもある、俺は八十分間盛田をマークし続け、時には先を読んでは何度もシュートを阻止した。
しかし、勝手を知っているのは向こうも同じこと、裏をかかれてヒヤッとした場面も何度かあった、ここまで無失点で切り抜けられているのはキーパーの好守のおかげでもある。
負ければその場で終わりのトーナメント、しかも最終学年での全国大会の予選だ、勝っても負けても盛田としのぎを削るのはこれで最後かも知れない。
試合前には少しはそんな感慨もわいたが、今はそれどころではない……主審は盛んに時計を気にしている、もう後ワンプレーかツープレーだろう、それさえ凌げればチームメイトと共に、三年間の目標だった全国大会へ行けるのだ。
必死の攻めと必死の守りは続く。
サイドからのパスに盛田が反応する、得点の匂いを嗅ぎ分けられる盛田のことだ、ボールを足元に収めて守備側に時間を与えるようなことはしないだろう。
(ダイレクトにシュートを打ってくる!)
俺は盛田の意図を読んで脚を伸ばしてシュートのコースを潰しにかかる……読みは当たり、シュートは俺の足に当たって軌道を変え大きくゴールを外れた。
北高のコーナーキック……主審が時計を確認してからコーナーフラッグを指差す、おそらくはこれが最後のプレイになるだろう。
南高のコーナーキックは決まって右サイドのミッドフィルダーだ、彼はフリーキックやコーナーキックと言ったセットプレーでは実に正確なキックを放つ、この状況なら必ず盛田がヘディングシュートを狙えるボールを蹴って来るはず。
その盛田はゴールエリアの僅かに外側でコーナーキックを待ち受けている、走り込んでのヘディングを狙っているのは間違いない、俺は盛田から少し距離を取り、盛田から目を離さないように注意しながらコーナーキックを待ち受ける。
ミッドフィルダーが助走に入っても盛田は動き出さない、そしてインパクトの瞬間、盛田は一瞬、左に踏み出すフェイントを入れて来た、俺は盛田とキッカーの両方を視界に入れていたが、インパクトの瞬間はどうしても注意がキッカーに向かう、その瞬間を狙われた……と言うよりも、常に自分が視界に入っているのを知っていて、しかもキッカーに気をとられる瞬間ならフェイントに引っかかるだろうと読んでいたようだ。
一瞬、対応が遅れて俺は前を取られてしまった、こうなったら高さ勝負で勝つ他はない、敏捷性では盛田が上だが、高さなら俺に分がある、俺と盛田は同時にジャンプした。
コーナーキックは危険な軌道を描いて盛田めがけて飛んだが、僅かに高かった。
盛田の頭を掠めたボールを俺は頭でクリア、クロスバーのはるか上にボールをはじき出したのだが……。
ボールはジャンプの反動をつけるために振り上げた俺の左手人差し指の先に僅かに当たっていた。
ボールがクロスバーの上を通過するのを見届けた主審は試合終了の笛を吹き、チームメイトは最後のクリアを決めた俺に駆け寄って来る。
ボールは指にかすっただけ、その事でボールの軌道が大きく変わったとは思えない。
そしてクロスバーの上を充分な高さで通過した、よしんば少しは軌道が変わっていたとしても結果に変わりはないはず。
審判もハンドの反則を適用しようとはしなかった、何も問題はない……。
歓喜に沸くチームメイトにもみくちゃにされながら俺は知らず知らずの内にボールが掠めて行った左手の人差し指を突き上げて歓喜の輪の中心でジャンプを繰り返していた……。
シャワーを浴びて着替えを済ませ、ミーティングを終えた頃にはスタンドはすっかり空になっていた。
俺はスタンド上部まで上がって行き、フィールドを見下ろした。
この県立陸上競技場では幾度となく戦って来た。
卒業後は東京の大学から誘いを受けていてそこに進学するつもり、この競技場に戻ってくることはもうないだろう、そう思うと感慨深い。
そして……できることなら何の憂いもなくここを去りたかったのだが……左手の人差し指の先にはまだボールの感触が残っているような気がしていた。
「よう……予選突破おめでとう」
声の先を見ると盛田だった。
盛田も階段を上がってきて、俺の隣に座り、俺と同じようにフィールドを眺めた。
「ここで何回戦ったかな……お互いに二年の時からレギュラーだったからな」
「そうだな」
「最後は負けちまったな」
「去年は逆だったぜ」
「ああ……数えてないが、対戦成績は五分といったところかな?」
「多分な」
「お前は卒業後どうする?」
「東京の大学に誘われてる、そこへ進学するつもりだよ……お前は?」
「俺にも一応誘いはあったんだけどな……」
「だけど?」
「正直な所、奨学金を貰えるとしても進学する余裕はないんだ、親父が去年倒れてさ、何とか回復したけどもうそんなに無理は出来ないんだ、だから家業の酒屋を手伝うことにしたよ」
「サッカーは? もう辞めるのか?」
「競技としてはな……草サッカーとかはやるだろうし、子供に教えるのもいいな」
「そうか……」
「俺、北高に入って良かったよ、南高に入ってお前とチームメイトになるのも悪くなかったかも知れないけど、ライバルとして競い合えたからな、その方が良かったと思ってる……全国大会でも活躍して、大学でも頑張れよ……いつかプロになってこの競技場に戻って来てくれると良いな、その時は必ず応援に来るぜ」
「盛田……」