脱獄一代
DIE HARD with A VENGEANCE Let´m Cook /End Titles by Michael Kamen
https://www.youtube.com/watch?v=-148KLFFK-4
俺だって最初はこんまいコソ泥だった。自分で義賊ぶる気もないがあの頃は貧乏で食うや食わずの日が続いた。兵隊から帰ったはいいがとうちゃんは女を作って出て行っちまったし、お袋はそのこともあって体を壊して寝たり起きたり。俺を頭に兄弟は五人。末っ子のみぃこはまだ赤ん坊だった。俺としてもまだ小学生だったからな。夜な夜な川沿いの畑から芋を盗んだものさ。だって皆飢えていたからさ。だが物はなかったが時代が大らかだったんだろうな、見つかっても殴られるだけで済んだものさ。え？口から血反吐吐くぐらいは殴られたさ。足腰が立たなくなるまで殴られて。バットだか棍棒で殴られたもんさ。
御蔭で右手の小指が曲がらなくなっちまった。だがな、今じゃそれが役立っている。
それから中学までは静かにしてた。いや静かにしてたっていうか。朝は学校に行って昼前に学校ふけって、町工場で働いていた。だって食わせていかにゃならんかったからさ。みぃこはまだねんねだったが、お袋はどうも乳の出が悪かったらしい。だから大枚はたいて牛乳を買ったんだ。他の弟たちも喜んで飲んだが。みぃこのあまりのちっとばかりの牛乳をよ。回し飲みして。兄弟そろって暗がりで牛乳飲んで、笑ってた。貧乏だったが幸せだった。
で、いつのまにか義務教育とやらが終わったんでヤッチャバに働きに出た。貧乏してたからかな食い物が近くにあるところがよかったんだ。朝も暗いうちから夜も遅くまで働いた。給金もよかったんだ。それに売り物にならない野菜くずももらえたしな。喰っても喰っても足らない弟たちを食わせにゃならんかったからな。親方にも気に入られて、仕事も順調に進んだ。国中の食い物がヤッチャバにあつまってくるんだからな。あの頃が一番まともだったかな。
お袋が風邪拗らせて肺炎になって、死んじまった。
泣いたね。激しく泣いたね。
いつの間に、あのお袋があんな大借金してたなんて。
そんとき初めて知った。借用証書が出てくるたびに泣いたな。
全部そろった時には涙も失せた。
＿俺が背負うしかないじゃない。
しかもガツガツ喰い盛りの弟共を食わせていかにゃならんし。
みぃこには親無し子と言わせないように。ちゃんとランドセル買ってやるって、約束したしな。
捨てる神あれば拾う神ありだ。この世の中そんなに捨てたもんじゃない。そう思った。
親方が俺に相場を教えてくれた。農産物はその時の天候に左右される。だから小豆を扱う卸問屋や菓子屋は必要な量の小豆を先物相場を使って一定価格で先に手前の倉庫に納めちまうんだな。で、実際にあとで現物で帳尻を合わせる商いをするんだが、そこで損もすれば得もする。まぁおてんとさまを使った丁半博打みたいなものだ。だが上手いことすれば大きく儲けることができる。実際に親方に教わって、大きく儲けた。母親の借用証書が解けて消えちまう程儲けた。だが所詮は博打だ。勝つ奴がいる分、負ける奴がいる。
で大きく張った親方が大負けして。店をたたむことになった。そりゃあ困ったさ。
なにせみぃこはまだ小学生だし。親方ぁ、俺の給金は必ず払うって言ってたが、朝まで待ったが消えちまったようだった。
一度だけ。たった一度だけ。だが一度でも相場で美味い汁をすすっちまったものが堅気の仕事なんか出来るわけがない。そりゃそうさ、日がな力仕事で10円20円の日銭稼いでるより、電話一本で1000万やら一億やら儲けちまえるんだから。だから相場ってものは人を変えちまう恐ろしいものなんだ。そのあとに来るのは金貸しと売春婦と麻薬だ。そんなもの、人間が腐っていくに決まってるだろ。昼日中から酒とセックスと大麻におぼれて。俺のすぐ下の弟が手を出して、気が付いた時には、目の周りにクマが出来て。常人じゃねえんだ。俺を慕って同じ道に来てくれたはいいが、俺が馬鹿なことをしている間に、奴はもっと馬鹿になっちまった。弟共に金を無心しだして薬に使っちまうんだな。そんな弟があんまり哀れになっちまって。だってさ、いつもよだれ垂らしてびっこ引いて歩いて、金くれ、ヤクくれって叫んでるんだものな。あんまり情けなくなってさ。あの日話をしたんだ、兄弟で牛乳飲んだよなって。そしたら泣くんだよ。泣いて言うんだ、頼む殺してくれって。アイツも辛かったんだろうな。俺が全部悪いのよ。だからまた一緒に暮らして皆で牛乳飲もうなってさ。言ったんだが。もう遅かった。アイツは薬欲しさに売人を殺した後だったんだ。アイツ自身もう耐えられなかったんだ。だから親方からもらった旧日本軍の使っていたってピストルで一発で仕留めた。
そうさ、実の弟を殺したんだよ、俺は。
抵抗なんかしないさ。自首した。そして刑務所に入った。
けどね景気が悪かったからな、却って良かったんだ。
刑務所の中では三食喰わせてもらえる。仕事もちゃんとした。屁みたいな給金だが其れを貯めて弟共に送ったんだ。だってみぃちゃんも娘盛りだからよ。
いろいろと金がかかるだろうよ。弟たちも最初のころはよく面会に来てくれた。
シャブ中の弟には相当手痛い思いをさせられていたようだから。
だがアイツを恨んじゃいけないよ。アイツは俺たちの兄弟なんだから。
俺が全て悪いんだから。務所の俺のことは黙って、おまえたちはみいちゃんを大事に育てて、お嫁さんに出すんだ。頑張ってくれよ。そういった。
だがな悪いことってのは、なんだろな、繋がっているんだよな。
シャブ中の弟が殺した売人の弟ってのが、同じ務所に入ってきやがって、俺を背後から刺しやがった。いやぁたいしたことないが奴の言った捨て台詞が気になってな。
末の妹をどうのこうのしてやるとか抜かしたものだから。
刑務官の先生にどんなに頼んでも、末妹の警備をしてくれってさ。
聞いちゃくれねぇ。弟共に言ってもさ。びびって音沙汰なしだ。
やくざ者やダニのようなやつらはどこでどう繋がっているかわからねぇ。
俺はその時に覚悟を決めた。
俺は脱獄することにした。
綿密な計画なんか立ててる暇はない。
くせえ洗濯物のカートに紛れ込んで、クリーニング工場のトラックに上手く乗ることができた。最初のサービスエリアで休憩に止まった頃には俺の足は読まれている気がしたんで、車を降りて違う車に乗り込んだ。中古車を運ぶトレーラーで、その荷台の一台に乗り込んだ。その車が突拍子もない方角に進んだことが功を奏して、俺は為されるがまま海を渡り気が付くと日本海側にいた。そこからトラックを乗り継いで弟たち、そしてみぃちゃんの元へ急いだ。トラックのドライバーたちが、俺の顔を見ながら気まずい顔してたっけな。結果、みぃちゃんは無事だった。ニュースを聴いて駆けつけた弟たちにみぃちゃんのことを頼んで、俺は投降した。あぁ勿論素直にね。出来た弟たちで事業がうまく軌道に乗ったらしくみぃちゃんをアメリカに連れて行くらしい。あぁ、いいさ。この地球のどこででも平和に無事に生きてくれさえすりゃぁ。