涙をこえて。
ここまで露骨に言われるとは僕も想像していなかった。
でも、僕は淡々と反応し続けようと思った。
露骨に対し、興奮したら、相手の土俵ですべてが進んでしまう。
自分の土俵で勝負するために、僕は短く、穏やかに発言した。
僕 「見返り、ね」
僕が短く、穏やかにそう言うと、
みわちゃんは、ようやく自分がとんでもないことを言ったと気づき、
困惑の表情を浮かべた。
みわ「あ、あの、言い方悪かった」
みわちゃんは少し申し訳なさそうにした。
しかし、もはや僕は、その程度では許せなかった。
僕「言い方は、この際もう関係ないな。
それより、みわちゃんがどうして、僕に近づいてきてくれたのか。
僕に何を求めていたのか。
それを、もっとちゃんと聞きたかったな」
僕がそういうと、みわちゃんは一瞬黙って、何かに気づいた表情をした。
みわ「ひょっとして、誰かから、何かを聞いた?」
僕はここでどう答えようか、迷った。
ただ、みわちゃんに核心がズレないよう求めているのだから、
僕も核心を明らかにしないといけない、と思った。
僕 「聞いたよ」
みわ「何を聞いたの?」
僕 「僕が、本当は坂の上グループの家の生まれであること。
僕のことを不憫に思った社長が
遺言で財産を僕に譲ってくれそうだということ。
そして、みわちゃんが、その財産を期待して、
僕に近づいてきたということ。
さらに、山河不動産が危なくなったから、
急いで僕と結婚しようとしていること。
以上4点です」
僕は、まるでスーパーのレジ係のように、淡々と要点の点数を言った。
僕はさらに続けた。
僕 「みわちゃん、4点のうちの、後半の2点、
つまり、みわちゃんに関する部分は本当ですか。
僕は本当であってほしくないと思っているけど、
もし本当であったら大変だし、
うそだったら、これを教えてくれた人に抗議しようと思っているので、
本当のことを答えてください」
みわちゃんは、僕をにらみつけたまま、黙った。
みわ「あたし、石井さんのこと、愛してる」
みわちゃんは、矛先を変えてきた。僕はそれを許さなかった。
僕 「愛してくれてるの」
みわ「もちろんよ」
僕 「ありがとう。じゃあ、質問に答えてね」
僕がにべもない対応をすると、みわちゃんは怒った。
みわ「ひどいじゃない!」
僕 「何が?」
みわ「あたしのこと、散々コケにしたでしょ」
僕 「してないよ。質問しているだけ」
みわ「だって、あたしが困る質問ばっかりじゃない」
困る質問か。
これが、ほぼ答えだと思った。
やはり、人間は、問うに落ちず語るに落ちる。
質問の直後の答えではなく、その先の会話に、本質が出てくる。
僕 「困るんだ。じゃあ、やっぱり、財産なんだね」
みわ「財産だけじゃないって!」
みわちゃんは、さらに抵抗した。
ここで僕は質問を変えた。
僕 「じゃあ、僕が坂の上テレビの社長の家の出だってこと、
なんで言ってくれなかったの?」
みわ「そ、それは、石井さんが当然知ってて、
言わないだけだと思っていたから」
僕 「そうかな。だって、同棲するくらいなんだから、そんな大事な話、
僕が隠している方がおかしいじゃん」
みわ「そんな、大事な話だったら、同棲していても隠すって」
みわちゃんがまた本音を言った。
同棲していても、みわちゃんは離婚歴があることはずっと黙っていた。
もちろん、なかなか言えなかったというのはあるだろう。
しかし、もし、僕が佳子さんと会わずに
みわちゃんとの間の流れを変えないままだったら、
みわちゃんはずっと黙っていたのではないかと思う。
ここも、僕とみわちゃんの感覚はズレている。
僕 「僕は、大事な話なら、するな。
だから、みわちゃんと僕は、感覚がズレているんだと思う。
確かに僕も、このズレをずっとそのままにして、放っておいたのは、
よくなかった。僕も、悪かった。
でも、こんなズレた感覚のままでは、
僕はみわちゃんと一緒になれない」
そういうと、みわちゃんは、うなだれた。
そして、次の瞬間、顔を上げた。
みわちゃんは、何かに気づいた。
みわ「ひょっとして、その、教えてくれた人って、田中先生?」
田中、というと誰だっけという感じだが、
佳子さんの踊りの名字であることは、僕はすぐに思い出した。
僕は一瞬考えた後、言った。
僕 「違います」
僕はここで、全体像を教えてくれた佳子さんの許可を得ずに
佳子さんから聞いた、とは言えなかった。
仮に、佳子さんから聞いたと言ってしまうと、
みわちゃんの怒りは佳子さんに向かうだろう。
そうすると、佳子さんに申し訳ないし、
みわちゃんが、佳子さんに何をするか、わからない。
僕は、情報源はなんとしても守ろうと思い、やむなく嘘をついた。
みわ「じゃあ、誰」
僕 「誰でも、いいじゃん」
みわ「よくないわよ!だって私の予定、めちゃくちゃじゃない」
みわちゃん、私の予定って、自分のことばかり考えすぎじゃないか。
僕は、静かに怒り心頭に発した。
僕 「みわちゃん、自分のことばかり考えすぎだよ」
みわ「そんなことない。あたしは、パパのことを思って」
僕 「そんな、財産目当てに結婚して、本当にいいのか?」
みわ「だってパパだって、財産があればまた商売が出来るから
なんとしても、石井君に来てもらおうっていっていたのよ」
僕 「そしたら、僕じゃなくても、カネづるがあればいいんじゃないか」
みわ「でも、石井さんには愛情が」
この期に及んで愛情という。
みわちゃんの愛情とは一体何なのか。
僕 「みわちゃんへの愛情は、僕はもうなくなりました」
僕は、決定的なことを言ってしまった。
でも、仕方がなかった。
みわちゃんは、激高した。
みわ「石井さん、そんな冷たい人だとは、思わなかった!」
「人がこんなに大変な思いをしているのに、なんて仕打ちなの!」
「もう、坂の上にいられないようにしてやる!」
「明日、秘書室と役員室で、あることないこと、言って回るからね!」
みわちゃんは、エスカレートした。何なんだろう、この豹変振りは。
僕は驚くばかりだった。
すると突然、インターホンが鳴った。
僕はインターホンには普段から出ない。
しかし、何度も何度もインターホンが鳴らされた。
僕はやむなく、壁にある応答ボタンを押した。
僕 「はい」
カメラに、初老の男性の映像が映し出された。
初老「あの、山河です」
みわちゃんの、お父さんだった。
僕 「ああ、ああ、お父様」
初老「いま、よろしいでしょうか」
僕 「あ、はい」
僕はあわてて解錠キーを押した。
それからまもなく、
みわちゃんのお父さんが僕の部屋にお母さんも連れて入ってきた。
驚いたのは、みわちゃんだった。
みわ「パパ、ママ…なんでここに来たの?」
僕 「あの、お上がりください」
父 「いえ、ここで、結構です」