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涙をこえて。

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佳子「何が?」

佳子さんは、まったく表情を変えない。

僕 「だって、僕が最初の電話のとき、『ちょ、ちょ、ちょっと、待ってください』って
   言ったときに『…何ですか?』って不信感ありありの返事をしてたよね。
   あと、僕が、必死に、笑っちゃうくらい熱っぽく
   『あのう、覚えていますか』って言ったら、
   残酷に『申し訳ないんですけど、覚えていません…』とか言ってたよね。
   それってものすごく失礼じゃない?」
佳子「そうかなあ」


佳子さん、それは失礼ですよ。僕はもう断定するしかなかった。


僕 「失礼だ!」
佳子「そんなこと、ないと思うよ」


熱くなる僕を尻目に、佳子さんはなおも冷静さを崩さない。


僕 「なんで?」


僕のありったけの熱意をこめた抗議をした。しかし、佳子さんは無表情で反撃した。


佳子「だって、盛り上がったから、いいじゃん」
僕 「盛り上がったら、いいの?」
佳子「うん」


あまりにも簡潔にうなずく佳子さんを見て、
僕は、代々木で会った時のひとつのエピソードを思い出した。


僕 「そしたら、もしかしたら、あの白いワンピースを着てきてくれたのも、
   盛り上げるためだったの?」
佳子「うん。だって、ワンコちゃん見事にびっくりしてくれていたじゃない。
   真冬になんでこんな真っ白な服来てるんだって、
   顔に書いてあったわよねえ。
   もうあたし笑っちゃいそうだった。狙い通りで。」


僕は佳子さんの仕掛けにまんまとはまったということか。
真っ白な服の裏話を聞いて、僕の頭が真っ白だった。


佳子「下手な映画見るより、よっぽど面白いし、すごい展開だったよ、私たち。
   あの様子、ずっと撮影しておきたかったくらい」


佳子さん、なんてこと言うんですか。

僕たちの素敵なはずのプライベートストーリーは、単なる映像素材なんですか。
僕はそう言ってさらに抵抗を試みようとしたが、
さらに戦意を失わせる一言を先に言った。


佳子「これくらい、面白いことにならないと、あたし、ノラないのよね」


ノリですか。僕と佳子さんはノリの関係ですか。


佳子「だって、恋愛とか出会いの話って、最近ほんっとつまんないじゃない。
   ていうか、あたしはすごいつまんない恋愛とか出会いしか、
   したことなかった」

そういうと、佳子さんは、机の上で結露して汗をかきまくっていた
2本目の缶ビールにさっと手を伸ばした。
プシュッという音が、佳子さんの長く細い指の先から、小さく響く。

僕 「恋愛とか、出会いとかが、つまらない、の?」
佳子「そうなのよ」

一言いうと、佳子さんは、ビールを勢いよく、先客の泡で曇ったカットグラスに注いだ。
間髪入れずに、がぶりと飲んだ。
さっき日本酒をあおっていたおじさんに、飲み方が似ている。このとき初めてそう思った。

佳子「だって小さいころから、パパの金目当てで言い寄ってくる人は
   本当にたくさんいたし、男の人だって、あたしそのもののことじゃなくて、
   大観光のことだったり、あたしの顔とかだったりをチヤホヤチヤホヤして、
   ほんとにあたし、ウ・ン・ザ・リ・なの。」
  「だから、仕事に熱中したんだけど、うまくいかなくて、病気になっちゃってね。
   うら若き時代が失われて、つらかったわあ」

あの、佳子さん、今でも僕よりうんと若く見えるんですけど。
そんな突っ込みを入れる隙も見せずに、佳子さんはしゃべり続けた。

佳子「だから、あたしは、なんだかドキドキするような話とかにあこがれて、
   それで雑誌の仕事を始めたわけ。でも、ドキドキする前に雑用が死ぬほどあって、
   本当に徹夜続きで死にそうになって、病気になっちゃったんだけどね。
   世の中って、なんなのよねえ」 

佳子さんの話は半分愚痴になっていた。

僕 「あの、それで何か面白いことをって、思った、というわけ?」
佳子「そう!」

佳子さんは力強く言うと、乾かしたグラスをカタン!と机に置いた。

佳子「ワンコちゃんの手帳を拾ったのは、本当にたまたまだったのよ。
   でもね、ピーンときたの。これって何かの物語の始まりじゃないかなって。
   初めて電話するときにはいつも震えるっていうけど、あのときは緊張したのよ」

ニア・プリンセスの佳子さんが、
プリンセスプリンセスの代表曲の歌詞を引用して、
物語の始まりのときの自分の心境を力説した。
そんな関係に気づいた僕は、
ようやく、少し冷静になって話ができるような気がした。


僕 「うーん、でも、それってリスクがある話だよね」
佳子「リスク?何が?」
僕 「だって、僕が最初の電話を受けた時に
   『では、近いうちに中野坂上駅前の交番に、届けておきます。
    失礼しました−−』
   って言って、わりとすぐに電話を切ろうとした、よね。
   もし僕が『ちょ、ちょ、ちょっと、待ってください』って言わずに、
   あっさり電話を切ったらどうするつもりだったの?」
佳子「ああ、そしたら、しょうがないじゃない」

僕は少しがっかりした。

僕 「ええ、だってそうしたら、僕たちもう会えなかったんだよ!」
佳子「そんなことないわよ」
僕 「なんで」
佳子「もしそうなっちゃっていたら、違う手を考えていました」
僕 「違う手?」
佳子「そう。違う手」
僕 「どんな手?」
佳子「それは、言えないなあ」
僕 「なんで?」
佳子「だってまだ、どこかで使う手かもしれないじゃん」

僕は息を飲んだ。
この人、ロールプレイングゲームでもやっているつもりなんじゃないか?
少し僕は不信感を持った。

僕 「そんなのロールプレイングゲームみたいで、いやだ」
佳子「何言ってるの。人生ってロールプレイングゲームみたいなもんよ」
僕 「なんだか遊ばれているみたいで、いやなんだ」
佳子「なんで遊ばれるのが、いやなの?」
僕 「だって、僕」

そこまで言って、僕は次の言葉をどうしようか、迷った。
「だって、僕、佳子さんのこと、本気で好きだから」というのが言いたいことだった。

でも、それを言ってしまうと、みわちゃんに悪いし、
それに、よく考えたらも少し違うので、
「佳子さんにはいつも圧倒されているため、好きとはちょっと違う感情があって、
緊張するし、そこによくわからない感情もあるから」というのを言いたかった。

しかし僕は、次のような言い回しをしてしまった。


僕 「だって、僕、佳子さんといると緊張するから」


これは、正確な表現ではない。緊張するのなら、社長の前に行けば緊張できる。
それと同等に伝わってしまわないか。
僕が心配してすぐに訂正を入れようとしたところ、すかさず佳子さんが先にコメントした。


佳子「あら、よかったわ」
僕 「何がよかったの」
佳子「あたし、緊張する人って好きなのよ」
僕 「ええ、なんで」
佳子「だって、緊張っていいことじゃない」
僕 「ええ、だからなんで」
佳子「昔の紅白とかそうだったじゃない。
歌手が思いっきり緊張して、キーが少し上がって、バンドも緊張して、
作品名:涙をこえて。 作家名:石井寿