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BLACK DAYの奇跡

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 凛は桜の花が散るキャンパスを歩いていた。花びらが春の柔らかな風に乗ってはらはらと落ちていた。風の抜ける場所では花吹雪になっていたし、キャンパスを流れる小さな水路では花筏となって流れていた。
 大学も二年になりオリエンテーションも終わって履修登録も済ませていた。今日はバイトも休みなので、図書館に寄って調べものをして帰るつもりだった。
 学内の木々も新芽を広げだして、その爽やかな緑が目に優しかった。大学の図書館はキャンパスでも一番奥まった場所にあった。そこへ向けて凛はゆっくりと歩いていた。急ぐ必要はなかった。調べ物は簡単に判るはずだった。昨夜ネットでも調べたのだが、ちゃんとした書物で確認しておきたかったのだ。
 図書館に通じる小径を歩きながら空を見上げると雲ひとつ無い青い空が広がっていた。こんな日は何処かに遊びに行きたかったが、生憎、凛には一緒に行ってくれる女性はいなかった。男友達なら幾らもいたが、彼らもバイトや講義で忙しくしていた。
 図書館には小径から階段を数段登って中に入るようになっている。脇にスロープが儲けられていて車椅子でも簡単に入れるようになっていた。
 階段を登ろうとして石段の陰に何か落ちているのを見つけた。どうやらパスケースらしかった。陰の部分に加えて石の隙間に挟まれるようになっていたので、うっかりすると見逃しそうだった。
 石の階段を登る前にそれを指で挟んで拾う。葡萄色のパスケースだった。簡単な構造になっていて、革で覆われた反対側は透明のプラスチックで覆われていた。よくある物だと思った。
 悪いとは思ったがプラスチックの覆われている表側を見させて貰う。学生証が入っていた
『森愛里……』
 口には出さず心の中で呟いてみる。その名前に脇に映された写真は色白の女の子が映っていた。一重瞼で切れ長の目が印象的で、卵型の輪郭で特に顎が細かった。肌の白さと黒いミデアムのワンカールボブの髪型が良く似合っていた。細い顎に小さな唇が何だか古風な感じがした。でも何処となく日本人離れしていると感じたのも事実だった。落ちていた場所から見て、この目の前の図書館に用があって階段を登る時に落としたのだろうと推測した。
「困っているだろうな」
 パスケースは殆ど汚れておらず。落としてから余り時間が経過していない事を伺わせた。凛はまず図書館の受付に行ってみる事にした。運が良ければ館内に未だ居るかも知れなかった。
 扉を開けてエントランスを歩いて行くと数メートル先の貸出受付のカウンターに一人の女学生が立っていた。もしかしたらと淡い期待をする。
 カウンターではその女学生と受付の司書が何か会話をしていた。それが耳に入って来た。
「葡萄色のパスケースに入った学生証なんです」
 その言葉に僅かに訛があった。訛と言うよりアクセントがネイティブな日本人とは若干違っていた。横顔と学生証の写真を見比べる……間違いないと直感した。
「こちらの方には未だ届いていません」
 そんな会話の中に割り込んだ。
「あのう……そのパスケースはこれだと思いますが……入り口の石段の脇で拾ったのですが」
 そう言ってパスケースを差し出すと女学生は
「ああ、これです! ありがとうございます! 無くすと本も借りられないので困っていたのです」
 そう言って満面の笑みを浮かべて凛が差し出したパスケースを受け取った。
「持ち主に帰って良かったです。じゃ」
「ありがとうございました!」
 お礼を背中で受けながら、自分の調べ物の本がある棚に向かった。それで終わりのはずだった……。

 思ったより成果があり、考えていた時間よりも早く調べ物を終える事が出来たので、凛は荷物を纏めて帰ろうと入り口に向かった。するとエントランスの出入り口の扉の所で誰かが立っていた。良く見ると先程の女学生だった。凛は軽く会釈して図書館を出ようとした時だった。
「あの! 先程はどうもありがとうございました!」
 女学生はいきなりそう言って頭を下げた。凛は面食らったが
「いいえ、どう致しまして、拾ったものを届けるのは当たり前の事ですから」
「でも、本当に困っていた所だったのです。だから本当に嬉しくて……良かったら何かお礼させて下さい」
 凛は正直、困ってしまった。普通なら会釈して終わりのはずだったからだ。困惑している凛の顔を伺ったのか女学生は
「私、留学生なんです。この春にソウルから一年の期間でやって来ました。学生の生活を始めたばかりで、学生証を落としてしまうなんて、本当に困って心細かったのです。誰も友達もいませんから本当に救われた気持ちだったのです。だからこの後用事が無ければ、何かお茶でもご馳走させて下さい」
 所々おかしな表現はあったが、誠意はこちらに伝わって来た。
「そこまで仰るなら、僕で良ければ」
「ありがとうございます! じゃ一緒に行きましょう」
 女学生は途端に笑顔になって凛と一緒に学内を歩きだした。
「僕は文学部史学科の二年の佐々木凛と言います。君は?」
「わたしは文学部国際科二年のサム エリと言います」
 そう言われて凛は学生証の表記を思い出した。確か漢字で森 愛里と書いてあった。
「もり あいりさん、じゃなかったのかぁ。でも同じ学年だね」
「韓国では名前は正式には漢字で書きます。でも通常はハングルです。日本は漢字の国だからわたしも漢字を使います」
 凛が頭を掻きながら笑って言うとエリも笑顔で説明した。良く見ると写真よりも遥かに綺麗な子だった。
「写真よりも実物の方が綺麗だね」
 凛がそう言うとエリは白い頬を染めて
「そんな事言われたの初めてです。高校を卒業すると容姿に自身が無い子はコンプレックスを克服するために整形手術をします。大げさなものではありませんが、一重を二重にしたりします」
「エリさんはしなかったの?」
「はい、わたしは卒業して日本に留学するつもりだったので、しませんでした。元々するつもりも無かったですが」
 エリの背は百七十五センチの凛より少し低い。頭のてっぺんが凛の視線と同じ高さだった。百六十前後だと推測した。
「エリさんは綺麗だから必要無いと思うな」
 凛の正直な感想だった。特別な美人では無いが、人並み以上の容姿だとは思った。
 
 学内を出てもエリは何処に入るか迷っている感じだった。そこで凛は
「僕の行きつけの店でも良いかな?」
 そう提案するとエリも喜んだ
「是非、お願いします」
 案内したのは凛が毎日のように寄る喫茶店だった。マスターの入れてくれるコロンビアを始めとするコーヒーが抜群で、味に煩い連中が常連としていた。ここなら誰を連れて来ても味に文句は出ないと考えたのだ。
 中に入ると昼時を過ぎたのか店は空いていた。
「いらっしゃいませ!」
 店員の声を受けて何時もの席に座った。
「何が良い?」
「コーヒーは好きなので、何でも良いです」
「じゃあコロンビアを二つお願いします」
「かしこまりました」
 そう言って店員が下がって行った。
「エリさんは日本語が上手いね。向こうでも勉強していたの?」
 エリの日本語はアクセントにおかしな所がたまにあるが、総じて上手だと凛は思った。
「はい、韓国でも勉強していました。それと日本の番組をネットで見ていました」
作品名:BLACK DAYの奇跡 作家名:まんぼう