この都会の営みの中で
泰葉のその言い方が少し幼く思えた水島は
「そう言えば中学の頃はスーパー……なんて言ったけ?」
「ハナマルスーパー」
「そうそう。夏なんかそこでかき氷も食べたね」
水島に言われて泰葉はその頃の事を少し思い出した。泰葉にとっては田舎での出来事は正直言うと過去の事にしてしまいたかった。でもその想いに甘酸っぱい想いがこみ上げて来た。泰葉にとって水島の存在は憧れの都会の想いと重なって眩しかったからだ。
「そう言えば、水島くん、いつもブルーハワイばかりだった」
泰葉は唇を青くしてかき氷を食べていた水島の事を思い出していた。何をしても洗練されていると思っていたが、青い唇をしている水島の姿はごく普通の中学生だった。
「何で、あの頃ブルーハワイばかり食べていたの?」
泰葉の疑問に水島は
「それはね、かき氷のシロップは実は皆同じ味で、色が違うだけって説があってね。それが、どうしても信じられなくて、一番嫌いなブルーハワイを食べてもイチゴ味がするか実験していたんだ」
「はあ? そんな事で?」
「そうだよ。だって、それが証明されれば何を食べても自分の好きなものの味になると言う事じゃないか」
何でもないような素振りを見せて水島は口に入れた菓子パンをコーラで流し込んでいた。その姿を見て中学の頃と変わっていないと感じた。
「どうしたの?」
水島はパンも食べずに自分の顔をぼおっと眺めている泰葉を不思議そうな顔をして見ている。
「あ、何でもないの。そう言えば水島くんは中学の頃何で彼女作らなかったの?」
泰葉の知っている限りでは水島は中学の頃は特定の彼女を作らなかったはずだった。都会の風を身にまとっていた水島は色々な女子から憧れの存在で、随分告白されたはずだった。泰葉の友達も随分告白したと思う。
パンを飲み込んだ水島は目の前の花壇に植えられた花を眺めながら
「だって、僕は中学の三年間しかあそこには居られない事は最初から判っていたからね。そんな時間を限られた中では特定の交際相手なんか作れないよ」
「でも中学の間だけでも良かった気がするけど……それとも皆田舎ぽかったから興味が湧かなかったとか?」
泰葉の言葉に水島は
「そんな事は無いよ。東京でも滅多に見ない程の可愛いい子も沢山居たしね。じゃあ神城さんは交際を始める時に時間を区切って交際するの? 僕には出来ない。交際を始めたらずっと付き合っていたいし、出来れば結婚なんて事になれば素晴らしいと思っていたんだ。それは今でも変わらないけどね」
泰葉は水島の意外な一面を見たと思った。都会的で洗練されてはいるが、何処か軽くて泥臭い事とは無縁な存在だと思っていたのだ。
「だから、本当に好きな人が居たけど、僕からは告白出来なかった。中学生なんて離れて住んでしまえば当初は兎も角、長く交際が続く訳はないと思ったからね」
そうだったのかと泰葉は思った。あれだけモテたのに特定の相手を作らなかったのは、そんな考えがあったのかと思った。
「だから友達は多く作ったよ。男女関係なくね」
そうだった。水島の周りには何時も多くの友達で賑わっていた。クラスでも休み時間になると多くの男女が水島を取り囲んでいた。泰葉もその一人だった。
「その本気で好きな人の名前を聞きたいな」
冗談で言ってみた。あの頃好きだった水島が誰を好きだったのか知りたかった。知って高校や中学の同期会で話題にしたかった。
「いや、それは勘弁してよ」
「ええ~。じゃあヒントだけでも」
「辛いから駄目」
「わたしの知ってる子?」
「まあ、知ってるね」
「誰だろう……」
その後も泰葉は水島に食い下がったが水島は口を割る事は無かった。
「メアド交換しようよ。また逢ってくれるかい?」
水島の申し出に泰葉は喜んで応じた。二人はメアドとLINEを交換した。東京で再会したかっての好きな人は都会の輝きこそ無かったが相変わらず素敵だと思った。
「学部は違うけど、時間作るから、逢おうね」
その日はそう言って別れた。水島が去って行くと、クラスの友達が寄って来て
「凄い! 神城ちゃん彼氏出来たんだ!」
そんな事を言って囃し立てた。
「違う違う。中学の時の同級生で、三年ぶりに偶然会ったから懐かしくて話をしただけだよ」
「でもその顔は満更でも無い感じがしたわよ」
そう言われて実は悪く無い気もした。
その夜、ベッドに横になりながら今日の昼休みに起きた事を考えていた。このまま行けばまた水島と友達になれるだろうか?
その先に行く事は出来るだろうか?
自分が水島の恋人になれるだろうか?
考えても結論は出なかった。その時、あかねが顔を出した。
「起きてる?」
「うん起きてるよ」
襖を開けてあかねが部屋に入って来た。
「実はお願いがあるんだ」
「なあに?」
「今度の日曜日、実は彼氏が来るんだ。だから……」
あかねの頼みは判った。要するに今度の日曜に彼氏が部屋に来るので、泰葉には部屋を空けて欲しいと言う事なのだ。
「良いわよ。わたしの時も宜しくね」
半分冗談で言ったのだが、あかねは驚いて
「もう東京で彼氏が出来たの?」
「出来ないわよ。そのうちと言う事。それより何時頃帰れば良いの?」
「ありがとう! 午後八時頃ならもう帰ってると思う」
「来るのは?」
「十二時過ぎかな」
「結構長時間なのね」
「だって、お昼を一緒に作って食べるでしょう。一緒にDVDも見て、その他にも色々とあるから」
泰葉はきっと、その他の事の方が大事なのではと思ったが口には出さず
「判った。じゃあ、その日はわたしも誰かとデートしようっと!」
「誰?」
「だから誰かよ!」
泰葉のその言い方が可笑しくて二人は笑ってしまった。
あかねが部屋に戻るとスマホにLINEの着信音が鳴った。相手は水島だった。
『今日は楽しかったです。出来れば毎日逢いたいけど、それは無理なので、今度の日曜に逢えるかな? 何か用事がある?』
冗談であかねに言った事が現実になろうとしていた。
『中学の時に好きだった子を教えてくれるなら、喜んで!』
半分は冗談のつもりだった。そんな事を教えてくれなくても、日曜は行くつもりだった。
『仕方ないね。その日に教えます。これで良い?』
『では喜んで。何時に何処?』
『十二時に大学の前でどう?』
『オーケーです! では日曜十二時』
『その他にもメッセージ送るからね』
『それもオーケーよ!』
今日の朝まで水島とこんな事になるなんて思ってもいなかった泰葉だった。
時間は瞬く間に過ぎて行く。あっという間に土曜になった。実は泰葉は水島と偶然逢った次の日も、その次の日も水島に逢えるかもしれないと密かに思っていた。友達の学食への誘いも断って購買の列に並んでみたのだが、とうとう逢えなかった。もしかするとあの日は本当の運命の再会では無かったかと少し考え始めていた。
同居のあかねに相談してみたら
「そうかも知れないし、その彼がわざと泰葉と逢わないように行動してるのかも知れないわよ」
「そんな事して何の得があるの?」
「より印象づけられるじゃない」
「そんな事より、わたしは毎日逢いたい」
「あら、もう恋に落ちたんだ」
作品名:この都会の営みの中で 作家名:まんぼう