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遊遊快適

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四段のチェストの上に置かれた携帯電話から着信音とともにバイブレーションの振動が天板の上で響いた。
その部屋の住人である女性は、キッチンから濡れた手をタオルで包み拭いながら その携帯電話を取り上げた。着信はラインだった。
指先で画面上をスライドさせ、画面の中央に位置した文字を読む。
「えっと、どれどれ『行ってもいい?』相変わらず急ね」
短文ゆえに ライン画面を開かずともその内容は一目で伝わった。
『いいですよ』と返事を送信した途端、玄関のチャイムが鳴った。
壁に取り付けてあるインターホンのモニターに目を移すと 玄関前の人物の肩が映り込んだ。
「えっ、もう?」
行く手の床に置いてあった雑誌を拾い上げ、本棚の隙間に入れると、玄関へと向かった。
「はぁい」
玄関のドアノブのロックを開け、ドアを開けたそこには にこやかとはいえない顔つきの男性が立っていた。
「ハッチ、上着のボタン取れそうなんだ。付けて」
あ、と男性は靴を脱ぎかけて 開けたドアを押さえている女性の頬に唇を付けた。
「ん、冷たい。……どうぞ …あがって」
女性は、その男性が玄関から部屋へと上がる後ろ姿を見送るとドアを閉めてロックをかけた。
「外は 寒いんだよ。知らないと思ったから教えてあげた」
「それで頬にキス? 口で言えばわかるわ」
「なになに、口にすればわかる?」
「もう違うってば…… いらっしゃい」
女性は、ひと呼吸つくと穏やかな表情で 男性からのキスを受けた。
「じゃあ、これね」
「はいはい。余韻もないんだからぁ」
男性の脱いだ上着を受け取ると、椅子の背に掛けた。
「ビールでいい?」
「いいの? 欲しいな」
我が家にでも帰って来たような様子で男性は、テーブルの置かれた敷物の上に胡坐をかいた。女性が付けっぱなしにしていたテレビの番組のチャンネルをリモコンで変えた。
男性の肩が心持ち緩んだ様子は、此処の居心地のよさを感じたからだろう。
手際よく女性は、350ml缶のビールとグラス。小鉢に油揚げの茶巾包みの煮物と柿の種をテーブルに置いた。
男性の為に用意してあるかのような塗りの箸を箸置きにかけて揃えた。
「いただきます。お、これ旨い」
「よかった。今からボタン付けるわね。あ、急ぎ?これから何処か行くの?」
「行った帰りに寄った。少し休ませて」
女性は、頷いて 隣室へ裁縫道具を取りに行った。

作品名:遊遊快適 作家名:甜茶