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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅶ

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(第六章)ブルーラグーンの戸惑い(11)-ブルーラグーンの言葉



「あの時のバーテンダーさんが……、もしかして、篠野さん?」
 美紗にまじまじと見つめられた征は、「へ?」と素っ頓狂な声を出した。
「そ、そそ、それは、ないですよ。だって、それって、一昨年の夏の話なんでしょ? 僕がここで働き始めたのって、去年の年明けからだし」
 丸い藍色の目が、まるで落ち着きなく、くるくると動く。
「そう……ですよね。それに、あの時のバーテンダーさん、富澤3佐と同じくらいの年の人かと思ったから、たぶん、三二、三歳か、それよりもっと上……」
「僕、そんなに老けて見えます?」
 憮然と自分の顔を指さしたバーテンダーは、どう見ても、三十過ぎには見えなかった。
「いえっ……。もしかしたら、私より、年下……」
「鈴置さん、今何歳、って聞いちゃダメか」
「二七です」
「じゃあ、僕のほうが下です! 僕、一年半で十歳くらい若返ったってんですか? それって何つうか、ホラーですよ!」
 征は、衝立の向こうに聞こえそうなほど大きな声で、はしゃぐように笑った。こげ茶色の髪を揺らす彼は、ますます幼顔になり、バーテンダーの服よりも学生服が似合いそうだった。
「三十過ぎで目立つ色のカラコンしてるなんて、かなりレアですけど、こういう業界では、いるっちゃいますよ」
「そうですか。……バーテンダーさんって、どの年代の方もお洒落なんですね」
「うちのマスターだって、開店の直前まで髪いじってますから」
 征は、髪を後ろに撫でつけるジェスチャーをすると、また声を立てて笑った。つられて美紗も少し笑顔になった。
「変なこと言ってごめんなさい。もし、あの時のバーテンダーさんが篠野さんだったら、カクテル言葉を教えてくれてたはずですよね」
「あ、僕がマスターと一緒にカクテル言葉を覚えるようになったのは、半年くらい前からなんですよ。お客さんで、そういうの詳しい人がいて」
「女の方?」
「すっげえデブのおっさん、です」
 うっかり地が出た征は、最後にかろうじて丁寧語を付け足すと、愛嬌のある照れ笑いを浮かべた。美紗がクスリと笑うと、彼はますます嬉しそうに話し続けた。