黒猫
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本間は作者は平井先生だと思った。と思うと用務員は自分であった。だいぶ経つが、夏休み、トイレの点検の事を思い出した。あの女が両手で抱えていたのは、生まれたばかりの赤ん坊だったのかも知れない。自分が現れたことで、彼女は逃げだし、結果、赤ん坊が死んでしまったのだろうか。
そうではないかも知れない。作者が平井先生であれば、自分の事を責めているのではなかろうか。告白ではない。創作なのだから。
当時は犬や猫を殺したとしても罪にはならないが、今は動物愛護の関心は高いから、罪に問われるかもしれない。
本間はブロック塀の防火用水差し込み口の赤文字を観ると身震いを感じた。そんな場所は通らなければ良いが、妻を駅まで迎えに行くのに学校の脇道は近道なのだ。それに、自分に言い聞かせたかった。自分の意思で殺したのではない。職務であったのだ。
その時、その差し込み口から黒猫が出てきて、本間の車に走り寄った。猫は前進するだけで、とっさの時、後ずさりはしないと聞いていた。本間は急ブレーキを掛けた。タイヤの摩擦音が猫の声に赤ん坊の泣き声に、本間には聴こえた。本間は車から下りた。黒猫を確認したが、黒猫の姿はなかった。本間はこれほど安堵したことは過去にはなかった気がした。
翌日。本間は防火水槽差し込み口のそばに花を手向けた。黒猫を轢いた訳でも事故を起こしたわけでもなかったが、本間はそんな事をしたいと思ったのだ。
「平井先生。黒猫は創作ですね」
本間はそうつぶやいた。