黒猫
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本間は60歳で定年退職した。再雇用で勤めることも出来たが、気ままな人生を過ごすことにした。ネットで投稿された小説を読むのも楽しみであった。雨の日などは、そんなことが最高の楽しみであった。その本間は、投稿された小説に身震いを覚えた。その作品を何度か読み返し、退職した女子高校の周りを歩き、ブロック塀の下段に書かれた赤い文字を観た。「防火水槽差し込み口」小説はこのような防火水槽が題材であった。
黒猫
すでに時効を迎えたはずであるから、話してみようと思う。ぼくは教え子との間に子を授かった。ぼくは独身であり、彼女に結婚を申し込んだ。彼女は医大の2年生で、結婚は出来ないが子は産みたいと言った。ところが、突然彼女から電話があった。「早産で生まれ、産声はあげたが、自分で産んだため死んでしまった。どうしたらいいの」と言った。ぼくは、その時、彼女の将来を考えた。その子はぼくが始末しようと考えた。用務員からが動物を焼却した話を思い出した。
ぼくは学校の焼却炉に黒いビニール袋に入れたものを投げ込んだ。灯油をかけて、新聞の束や運動靴を一緒燃やそうと考えた。火を点けると、5分もすると黒煙が煙突から立ち上った。同時に、髪の毛を燃やした臭いがした。
ぼくは生理用品の燃やした臭いと動物の臭いは似ていると、用務員から聞いたことがあったから、通行人に「悪臭がする」と聞かれたらそう答えるつもりであった。幸いにそれは取り越し苦労であった。以前から、そんな臭いはしていたのだろう。ぼくは、黒猫を焼却したと思いこんだ。2時間もすると炎は見えなくなった。用務員に見つからないために骨は炉の近くにあったふるいにかけた。火葬場であれば、頭蓋骨やのど仏は丁寧に扱われるが、ぼくは形を残さないように砕いた。その骨を防火水槽の中に入れた。ぼくは手を合わせたが、悲しむことはなかった。彼女は母子手帳も申請しなかったから、ここに埋葬されたことは、ぼくと彼女が知っているだけであった。ぼくは胎児を観るつもりはなかったから、黒いビニールの中身が、胎児だったのかは知らない。だからこそ、残酷に骨を砕くことも出来たのかも知れなかった。
結局ぼくと彼女は結婚できなかったが、自分たちの子を黒猫であったと思うことで生きてこられた思いがする。
ぼくは教師を続け、彼女は医師として働いている。もちろん過去が暴かれれば、人間失格だろう。しかし、生きることは、それでも良いではないかと思う。死体遺棄で何年か刑務所で罪を償えば、彼女は医師として人を助けることは出来ない。ぼくはもちろん、教師失格である。でも、ぼくは、あれ以来も数学の教師として、生徒から信頼されている。
遠い昔。貧しい家庭で子が生まれると、間引きしたという話がある、そのことは生きているものの命を繋ぐためであった。