黒猫
「せんせ~い。ボール投げて」
ソフト部の生徒が大きな声で言った。
平井は枯れ草と新芽の混じったところを転がっているボールを取り、卒業生の赤塚に投げた。
「ありがとうございます」
「お前、まだここで練習しているのか」
「楽しんでます」
「医大は大変じゃないのか」
「がんばります」
平井はボールを拾った時、マンホールの蓋の様なものを見つけた。
「本間さんこの蓋は何ですかね」
「防火水槽らしいです」
「校舎からこんなに離れているところにですか」
「道路側の民家のためらしいですよ」
「昭和の遺物ですか」
「年に1度か2年に1度か消防の方が観に来ますが、ふたを開けて水の確認はしているようです。でも、使ったことはないようです」
その蓋はコンクリートで出来ていて、40センチくらいの四角なものであった。取っ手が鉄筋で出来ていたが、腐食されていて、ふたを持ち上げたら折れそうな感じであった。
「この水槽いざというとき役に立つのかな」
「今では、使わないでしょう、消火栓はありますし、消防車には水のタンクも付いていますから」
「無用かですか」
「でも、自分には役に立つんです」
「何か利用価値があるんですか」
「骨を捨てるんです」
「何の骨」
「猫とか犬です」
「そんな骨をどこから」
「生徒には内緒ですよ。この焼却炉で燃やしたやつです」
「それって、解剖でもしたもの」
「野良ですよ」
「何で殺したり…」
「処分に困るんです」
「動物愛護協会があるでしょう」
「依頼したこともあったんですが、引き取りに来るまで10日もかかることがあって、どっちにしても殺処分されるなら、殺してしまえって、殺したくないですよ。でも、校外に放したこともあったんですが、車に轢かれていたんです。その死骸を、生徒の下校前にかたずけるように、事務長から言われ、庭に埋めようとしたら、『焼却したら』と言われまして、言う方は簡単ですが、言われた自分は躊躇いました。それが、きっかけですね」
「動物の御墓ですか」
「絶対に生徒に分からないし、死んだ動物も安らかになれるでしょうから」
「今までにどのくらい」
「犬が1匹。猫3匹だと思う」
「そうですか」
そのことで平井は本間が残酷な人間に思えてしまった。