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湯川ヤスヒロ
湯川ヤスヒロ
novelistID. 62114
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ユウのヒトリゴト[2]

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 大阪の天満にある雑誌社『SG出版』 この出版社は、おもに大阪を中心に関西の駅や店舗などに置かれている無料情報誌(フリーペーパー)を発行している会社なのです。

 雑居ビルの2階から4階にSG出版社は入っています。ボクは3階の来客スペースに通された。誰もいない静かな来客スペース。大きな窓からは大阪を代表する大川と、それに架かる天満橋と天神橋という2つの橋が見えます。西へ進むと造幣局まで続く河川敷は、春には花見、夏には天神祭で大いににぎわう。まだこの当時は大阪に来たてで右も左もわからなかったけど、この大川河川敷はこの先、ボクにとって数えきれない思い出を作ってくれる場所になるんです。
 そんな未来のことなんか知らないこの時のボクは、いつもの事務のお姉さんが差し出してくれたコーヒーを少しすすりながらある人を待っていました。そして数分たって、その人は来客スペースへとやって来た。
「いや~、お待たせお待たせ!」
 そう言いながら入って来たこの人物。ボクがサークル仲間から紹介してもらった出版の編集者『市谷さん』 SG出版の編集者の一人。この当時30代後半のよき兄さんって感じの人でした。
「こんにちわ」
「はい、こんにちわ! 悪いね、待たせちゃって」
「いえ、とんでもないです」

 実は市谷さんは、数年前にSG出版にやって来たらしいんですが、その前は東京の大手出版社でマンガ雑誌の編集者だったそうなんです。今まで何人ものマンガ家と接して、いろいろなマンガを生み出してきたという市谷さん。そして、今もこうして時間を作っては、若手のマンガ家やボクやサークル仲間たちみたいなマンガ家志望の作品を見てくれているんです。
 市谷さんが編集を務めている情報誌『KANSAI HOLIDAY』には毎号、各地の娯楽施設の取材をもとにした1ページほどのマンガや、イベントを紹介するイラストが掲載されています。かつてマンガ業界に携わっていた市谷さんが積極的に取り入れてるそうで、それらの掲載作家は、こうしてボクみたいにマンガを見せにきたマンガ家の中から声がかかっているというんです。
 この話を聞いた当時、ボクもなんとかマンガ家デビューの糸口がつかめるんじゃないかと必死になっていました。
「じゃぁさっそく見せてもらえる?」
「はい」

 手を差し出した市谷さんはニコニコと笑顔だったけど、ボクの原稿を手に取ると、その目はキリッと鋭く変化しました。
「ふむ……」
 一言そうつぶやいたあと、市谷さんは無言のままボクの原稿を読み進めた。

 市谷さんに原稿を見てもらうのはこれで5、6回目やったと思います。今回、ボクが描いてきたのはボクが好きな冒険ファンタジーモノのマンガ。前回ここへ来た時、市谷さんに2本のネーム原稿を見てもらったんですが、その1本のほうをもう少し練ってペン入れして持って来てくれとわれ描いてきたのがこのマンガです。
 ページ数は30ページくらいだったと思います。普通なら10分もしないうちに読み終えるようなマンガ。それを市谷さんは時間をかけて、ゆっくりゆっくりと読み進めていきます。
 キャラクターの配置や構図はおかしくないか。セリフの使い方に間違いはないか。そうしたチェックするような目でじっくりと見終えると、今度は読者としての目でもう一度読み返すのが市谷さんのスタイルなんです。

 さっきも言うたとおり、市谷さんには何度もマンガを読んでもらってます。でもこの時間はなかなか慣れませんね。バイトの面接でも緊張して固まってしまうようなボクなんですから、自分の作品を目の間でプロの人が読んでいるんですから、緊張するなんて以上の気持ちが生まれてしまってます。
 そうこうしているうちに原稿を読み終えたようで、市谷さんがテーブルにポンと原稿を置くと、ボクの中に流れていた長いような短いような時間の感覚もフッとほどけていきました。
「うん……絵も少しづつ上達していってるし、ストーリーの運び方も上手くなってってる……よくできてると思うよ」
「ホ…ホンマですか!?」
 市谷さんのお褒めの言葉に、ボクはホッと肩をなで下ろした。しかし市谷さんは鋭い目のままテーブルの上の原稿に目をやりボクに尋ねてきた。
「でも、ワクワクする?」
「へっ?」
「この本……ワクワクする?」
 市谷さんが聞いてきたことが、この時ボクにはわからなかった。ワクワクする? "よくできてる"って評価してくれたのにワクワクするかどうか? ってゆうのはどういうこと?
 ボクが返答に困っているのを察してか、はたまた返答できないのをわかっていたうえでか、市谷さんは再びニッコリと笑顔を浮かべ、ボクに説明してくれた。
「いくらストーリーがしっかりしてても、張り巡らされている伏線を回収してても、読者が一緒にワクワクしなければ意味がない」
「はぁ……」
 この時のボクには、市谷さんの話をよくわかっていませんでした。オモシロくない=物語の作り方が甘い。物語がしっかりしている作品には自然とオモシロさが付随してくると信じていたんですから。
「プロット、ネームができあがったら、一度は読者の目線になって読み直してみたらイイよ」
「はい……」
「自分でムリなら、他の人に見てもらって聞いてもらったりすればイイ。幸いキミには、同じ夢を持ってる仲間がいるんだからさ」
 テーブルの原稿をボクに返しながら、市谷さんはまたニコッと微笑みました。そして、帰るボクをエレベーターまで見送ってくれると、ボクにひとつ質問をしてきました。

「ユウ君は、上京することとか考えてないの?」
「上京? 東京に行くってことですか?」
「ああ」
 この当時ボクには、東京に行くなんてこと考えてもいませんでした。そりゃ、東京のほうが関西にいるよりはチャンスが転がってるかもしれへんって、東京に行くことはチラッと考えたことはありますけど、現実にふみ出してみようって思ったことはなかなか……それに、田舎生まれのボクには都会での生活が少し馴染めなくて、京都市や大阪市ですら慣れへんのに、東京なんて絶対いっぱいいっぱいになるわって。

「オレ、ムカシは東京の出版社でマンガ作ってたんだよ」
「はい。サークル仲間から聞きました」
「今、本屋に並んでるマンガ雑誌って言ったら、ほとんど出版社は東京だし、ここでマンガ描いているより、チャンスはつかみやすいかもしれないよ」
 スマホやタブレットでマンガがダウンロードできたり、好きな時にマンガが読める無料マンガアプリが普及した今と違って、このころはまだマンガといえば紙媒体が当たり前。
 SNSに投稿して注目集めてデビューできたり、地方在住でも編集者と通話アプリでやり取りしながら、パソコンのファイルで原稿のやり取りができる今と違って、マンガ家は都内在住が一般的の時代。
 真剣にプロマンガ家デビュー欲が強かったボクを見て、市谷さんはそう声をかけてくれたんやと思います。

「まぁ、東京にいかなきゃ絶対マンガ家になれないなんてワケじゃないしね。今はそんなこと考えるよりも、どうしたら人に楽しんでもらえるマンガが描けるかにチカラを注ぐだけでもイイかもしれないよ」
「はい」