ヴァシル エピソード集
何年もヴァシルはその事実を忘れていた。思い出したのは、アルスがその捨てたはずの赤子、成長した少年を伴っていたから。
最初はヴァシルも気づかなかった。気づいてしまえば、ヴァシルはその子供を消そうと躍起になった。汚点のようなものだった。欠陥品を作り出してしまった事実を、ヴァシルは認めることができなかった。
だが、アルスが感情を得たことが、ヴァシルをなぜそこまで焦らせたのか、その理由を明確にした。
ヴァシルは、アルスではなく人間に心を砕いてしまったことを認めたくなかった。一人の人間を従わせるために、その相手のことを理解しようとつとめたことを、消し去りたかった。そしてもうすでにいない相手の面影を残す子供を、認めたくなかった。
ヴァシルは、ゆがんだ感情のまま、アルスから与えられるよりも前に、幸福と愛情を知っていた。知ってしまったと言った方がいい。
従うことのない相手と語り合う。それをヴァシルは楽しいと感じた。相手を理解しようとすることを喜ばしいと、心のどこかで感じてしまった。ガルグの長としてあるまじきことだった。
アルスに感情を与えられる前ならしかしまだ、認めることなく消し去ろうとヴァシルは思っていた。
だが、アルスに与えられた感情はそれをすべて阻害した。
なぜ自分は自ら壊そうとしてしまったのか。なぜ、みすみす大切な者を失ってしまうに任せたのか。
ヴァシルはそう自分を責め、悔やんだ。涙は、その証だった。何十年たってもヴァシルは同じことを繰り返した。
しかしその年、ヴァシルの元をサーレスが訪れた。サーレスは願った。ヴァシルに幸福になってもらいたいと。今度こそ、失わないでほしいと。
ヴァシルは初めて、主の本当の願いにふれた。そして今度こそかなえようと、ようやく彼は歩き出した。
作品名:ヴァシル エピソード集 作家名:日々夜