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笑い三年、泣き八年、太鼓たたいて十三年

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「……だから、あとはお前さんだけなんだ。お前だけが、老いたわたしにとって、たった一つの気がかりだったのだよ。もう何年ものあいだ八方手を尽くして探させていたんだが、お前の消息だけが、ようとして知れなかった。だが昨年の夏、商いの仲間に連れられてこの楼へ上がったとき、偶然お里さんからお前の身の上をきかされて、もしやと思ったんだ。人をやって調べさせてみたらやはりそうだったよ。静波は、わたしがずっと探しつづけていた、お佳代だったんだ」
 成田屋は、ここではじめて涙を見せた。そして膝をすって静波のそばまでにじりよると、放心している彼女の手を取って、その顔を覗き込んだ。
「どうだろう、わたしの養女として家に来てはもらえまいか? もちろん家族はみな歓迎している。どういうわけか、うちには男ばかりが生まれてね、妻は以前から娘がほしかったとぼやいているし、お前が来てくれれば、わたしもこんな嬉しいことはない」
 それまで唖然とことのなりゆき見守っていた平助が、ここで初めて口を開いた。
「静波さん、あ、いや、今はお佳代さんだったね。良かったじゃないか。はは、嬉しいね。世の中にあ、こんなに素敵めっぽうな事件がおきることもあるんだね。あっしは……、なんか感動しちまって、もう……」
「これこれ、太鼓持ちが泣いてどうする」
「ははは、違えねえ。太鼓持ちが泣いてちゃあ、おまんまの食い上げだ」
 二人がしんみりと頷き合ったところで、静波がようやく言葉を発した。しかし驚いたことに、なぜだか彼女は、すっかりもとの静波に戻っていた。
「ぬしさんの夢語り、楽しんで聞かせてもらいなんした、うふふ、面白かったわいな」
「これ、お佳代。わたしは……」
「ここは廓のうち、野暮は言いっこなしでありんす」
 信じられないといったふうに見つめてくる成田屋に向かって、静波はしゃんと背筋をのばし、力強い眼差しで言った。
「わっちにも、意地というものがおざりんす。ぬしさまの申し出は涙が出るほど嬉しおざんすが、どうぞそのお話、これまでにしてくりゃんせ」
 しばらくのあいだ静波を厳しい表情で見つめていた成田屋は、やがてふっと力が抜けたように優しい顔になって、何度もうなずいてみせた。
「分かったよ、お佳代、いや、静波……。あたしもいささかの矜持を持って生きてきた人間だ、お前さんの気持ちは痛いほどよくわかる。でもね、これだけは覚えていておくれ。お前さんにはちゃんと帰る家がある。ちゃんとあるんだよ。もし辛くなったらいつでも訪ねておいで。わたしも、わたしの家族も、いつまでも待っているから、きっと待っているから……」
 そう言って、しわだらけの顔にまた涙を浮かべた。そんな成田屋に、静波は両手をあわせ拝むようなかっこうで言った。
「どうぞ弟たちのこと、よろしく頼みます」
「ああ……」
 太鼓が、ででん、と鳴った。平助が帯を解き、着物から腕を抜いて上半身をはだけさせた。その見事な太鼓腹には、墨でこれまた見事なお多福面が描かれていた。平助は泣いていた。男泣きに泣いていた。しかし腹のお多福は、ゆさゆさと波打つように笑っていた。
 これぞまさしく、泣き笑い――。
「それでは失礼いたしまして、へへっ、ここらであっしの十八番、ヘソ踊りをごらんに入れまするーっ」
 ででん、でん!

 えー 奴さん どちらへ行く
 あーこりゃこりゃ
 だんなをお迎えに
 さても寒いのに共ぞろい
 雪のふる日も
 風の夜も
 さてもお供はつらいね
 いつも奴さんは高はしょり
 ありゃせ こりゃせ



(※ 参考図書『縮刷版 江戸学辞典』弘文堂)