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紅艶(こうえん)

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 惺子さんいやもう惺子先生と呼ぶ事にしよう。惺子先生は離れから折りたたみの自転車を出して来た。なるほど、これなら軽トラにも簡単に乗る。
 僕は覚悟を決めた。そうこれはきっと運命なんだと思う事にした。嬉しい運命だ。
「いいですよ。一緒に行きましょう」
 僕は努めて明るく返事をすると惺子先生が自転車を漕ぎだすのを待って自分も漕ぎだし、坂を二人して降りて行く。
「ココはブレーキを掛けないとスピードが出過ぎます」
 学校に行きながら、通学する上で要注意点を伝えて行く。惺子先生はそれを聞きながら、右側に見える海を見ながら
「春の海が素敵ですね。海って夏しか来なかったけど、これからは色々な季節の海が眺められるのですね」
 海風に黒い髪をなびかせながら惺子先生はうっとりとした表情で走って行く。僕はやや遅れて後を付いて行くと、確かにもう春だと感じるくらい海からの風が優しく感じる。惺子先生はグレーのスーツに身を包んで、首には蒼いタイをしている。それが海の色とマッチしていて面白いと思った。
 学校に着くと僕は自転車置場に案内をする。僕と惺子先生の自転車を並んで置く。なんだか、それだけで照れくさい。
「それじゃ私は挨拶に行きますから隆さんは教室に行くんでしょう?」
「はい、そうですが……」
「残念ですが帰りは一緒には帰れませんね」
 それはそうだと思うが、惺子先生は帰りの道が判るのだろうか?
「一人で帰られますか?」
 思えば間抜けな事を訊いたものだ。来た時だって惺子先生は僕より前を走っていたはずだ。 そんな事も忘れていた。
「大丈夫ですよ。それじゃ」
 僕は去って行く惺子先生の後ろ姿を結構長く見送っていた。

「誰だい? 凄い美人じゃ無いか!?」
 後ろから声を掛けたのは悪友の村上悟だ。中学の時からのつき合いで親友と呼んでも良い存在だ。
「今度ウチの家作に入った人。来学期からウチの学校の講師をするそうだ」
 僕は事実だけを言うと村上はニヤついて
「家作って、確か離れが空いていたよな? あそこに引っ越してきたのか?」
 そう訪ねて来るので僕は事実だけを言う
「そうだよ。二十日に引っ越してきたんだ」
「へえ〜、あの離れ確かお前の部屋から見れたよな? 今は兎も角、夏なんか窓を開けていたら良いものが見れたりしてな」
 僕は村上の言った『いいもの』の意味が分かったので、腹立たしくなり、そのまま昇降口に向かった。
「おいおい冗談だよ。お前がそんな事する奴とは思っていないよ。相変わらずこういう下ネタに理解無いんだからな」
 村上は僕を追いかけながら、言い訳を言っていたが、正直に言うと腹立たしくなったのは、それが当たっていたからだ。今、その姿を見て、僕から情報を貰ったばかりの村上にも判ってしまった自分の心内が情け無かったのだ。
 終業式はいつもの通り終わり、通知票を担任の教師から受け取るとそこに先日の期末試験の結果が記されていた。
 百五十人中五番で、当然赤点も無いので、進級できる。赤点を取った奴はこの春休みに補修授業を受けて再試験をするのだ。まあ、大抵は何とか進級出来るのだが、卒業の時はもっと難しいそうだ。中には大学に合格していたのに、卒業出来なくて入学を諦めた人も過去にはいたそうだ。正直そうはなりたく無いと思う。

 ホームルームが終わり、もう帰るだけとなると村上が僕の所にやって来て
「隆、そのうち、あの美人先生、俺にも紹介してくれよな」
 そう軽口を言って一緒に帰ろうと言う。僕は別に反対する理由も無いのでうなずき、一緒に昇降口に下りて来た。そこで惺子先生と出会ってしまった。
「あら、隆さん。いま帰りですか? 私はこれから校内を案内して貰いますから、もう少し帰りが遅くなります。一緒に帰れなくて残念です」
 村上の前なのに惺子先生はドキっとする様な笑顔を浮かべて僕に言う。横で村上がニヤニヤしている。
「あら、そちらはお友達? 来学期からこちらで講師をする事になりました佐伯惺子です。よろしくお願いしますね」
 「あ、鈴目の親友で村上と言います。来学期からよろしくお願い致します」
 何とも調子の良い奴だが、この軽さもこいつの特徴なのだと理解している。ちなみに、村上が僕の事を名前で呼ぶのに僕が村上を名字で呼ぶのは、村上の名前の悟が僕の兄と同じ名前だからだ。
 兄は現在、東京の大学に通っていて、この春休みは研究とバイトで忙しいので帰って来れないのだそうだ。
「傍で見ると凄い美人だな。あんな人が隣に住んでいたら人生楽しくて仕方ないだろうな」
 冗談とも本気ともつかない事を口にした村上は、去っていく惺子先生の後ろ姿をずっと眺めていたが
「俺、決めた! 先生のファンクラブを作るよ。俺が会長で、お前会員にしてやるよ」
 村上の目がやけに真剣だったのが印象的だった。
 だが村上よ、僕は惺子先生のあの細身からは信じられないほどの豊かな胸を見ているのだぞ、と喉元まで出かかったが必死で堪えたのだった。

 惺子先生は午後になって帰って来た。自転車の籠には沢山の買い物してきた荷物が乗っていた。
「途中のスーパーで買い物をしていたら沢山買って仕舞いました」
 良く見ると後ろの荷台にも紐で買い物の袋がくくりつけてあり、両の手に持った荷物が重たそうだった。僕はそれを見ると重そうな方を持ってあげる。
「ああ、すいません」
 お礼を言われたが何て事はない、少しでも近くに惺子先生の傍に居たいと言う疚しい心からだった。
「そこに置いておいてください。本当にありがとうございました」
 離れの台所に荷物を置いた僕は久しぶりに見る離れの内部が今までとは違い明るく艶やかになっているのに気がついた。
「ずいぶん変わるものですね」
 感心して言うと惺子先生はニッコリとしながら
「そうですか、物が入っただけでも感じが変わりますからね」
 そう言いながらエプロン姿に着替えている。惺子先生はその姿も良く似合い、正直その姿は僕には眩しすぎた。
 良い物を見たと思い、村上が羨むのも仕方ないと思うのだった。
 
 その晩の事だった。
 どうやら、離れの惺子先生の所に来客があったみたいだった。先生がウチに来て
「すいません。来客用のお茶を買って来るのを忘れてしまったので、少しお借りできませんか?」
 惺子先生は困った顔でやって来たので母は
「いいですよ。隆にお茶を入れて持って行かせますから、二人分ですか?」
 そう尋ねると先生は
「はい、助かります。来客用のお茶碗も未だ買っていないもので」
 ホッとした顔でそう言ったのだった。
 先生が出て行くと母は上等の湯のみ茶碗にお茶を二つ入れて、僕に持たせた。

 僕は母から頼まれたお茶を二つ入れたお盆を持って、先生が待っている離れに持って行った。玄関に入ると黒い男物の靴が一足丁寧に揃えられていた。
 声を掛けても返事が無いので、上がらせて貰い、廊下を歩いて行くと左の六畳に淡い灯りが点いている。ぼおっと二人の影が映っていて、相談事でもしているのだろうか?
 すぐ傍まで行き、もう一度声を掛けると、先生の声で
「ありがとう、すいません、そこに置いておいて下さい」
作品名:紅艶(こうえん) 作家名:まんぼう