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あたしの向こうに、見えるもの

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 ――そういや、ここ何週間か見なかったな。
 何でも、ぶっ倒れて病院に担ぎ込まれたときには手遅れだったそうだ。酒が原因なのか何なのかまではマスターも聞いてないらしい。
 あたしはマスターの所為じゃないよ、と言った。毎晩梶木さんにお酒を出してたマスターはきっと気にするだろうから。
 それに、梶木さんはここであたしと呑むのが楽しいって言ってくれたもの。
 もう、梶木さんは逃げる為にお酒を呑んではいなかった。そう、信じてる。
「明日、葬儀だそうですが」
 遠慮がちに、マスターが教えてくれる。
「お葬式ねぇ。あたしが行っても周りがびびるだけでしょ。こーんな喪服の似合わない若いオミズのねーちゃんが行ったところで、下手なギワクを生んじゃうだけよ。それよりもマスター」
 あたしは、いつも梶木さんが呑んでたお酒をオーダーした。何とかって言うスコッチ。ボトルで覚えちゃってて、すらりと名前が出てこないのよね。あたしと、マスターと、……梶木さんの分、三つ。
「お葬式なんて、行かなくていいよ。その代わり、ここであたしたちだけで送ってあげよう?」
 花よりも何よりも、あたしたちに出来る最上の弔いは、これだと思った。確信にすら近かった。
「……そうですね」
 マスターが穏やかな笑みを浮かべて、梶木さんが殆ど空けたボトルを手に取った。
 梶木さんとは、ここで一緒に呑むだけで、お互いの連絡先も知らなかった。知らなくてもよかったから。
 ただ一つ、あたしの名前だけは教えた。お店で使ってるのじゃなくて、ほんとの名前。
 梶木さんにだけは、源氏名でなんか呼んで欲しくなかったから。
 あたしの前にグラスが置かれた。マスターが一つを手に取り、もう一つがあたしたちの間に。
 カウンターに置かれたボトルは、綺麗に空になった。
 てろりとアルコールが中で滑らかな輝きを放つ。薄明るい店の中で、それはきらきらとしていた。
「それだけ、貰っていいかなぁ?」
「どうぞ。梶木さんも喜びますよ。最後は僕たちが勝手に空けちゃいましたけど」
「ありがとう」
 あたしはにっこりと笑顔を作った。
 ほら、大丈夫よ梶木さん。あたしは泣かない。あなたに見せる涙なんて持ち合わせていないんだから。
「では」
 マスターがグラスを目の高さにまで持ち上げた。
 あたしも、マスターに倣って同じようにする。
「愛すべき、どうしようもない甘えん坊の梶木さんに」
 ――献杯。