記憶、それは一夜限りの。
洗いたての髪と身体からたちのぼる何とも言えず甘い匂いで多少くらくらするものの、ここで我慢しないと人として何かが終わるような気がした。
「どーせなら、こっちだろ」
「う、わ……」
ずっと万歳してる間抜けなかっこをしてたさつきは、やがて観念したのかそろりと俺の腕の上に手を下ろした。
ああ、何か……ほっとする。憑き物が落ちたような軽さを感じた。
きっと今の俺に足りなかったのは、これだったんだ。
はっきりと言葉には出来ないけれど……何か、こーゆーの。
何も考えずにいられる時間とか。
それから、まるで猫がそうするようにじゃれついて。
「……やっぱし、おにーさん、あったかいねぇ……」
「さつきもな」
*****
翌朝になって、先に目が覚めた俺はさつきを起こさないように腕を外してシャワーを浴びた。
着替えも全部バスルームで済ませ、髪を乾かしながら出てくるとその間に起きたらしいさつきが無料のモーニングルームサーヴィスを受け取っていた。
何なんだこの手際のよさは。
ありがとうと言ってから食事を摂り、それぞれ支度を済ませてチェックアウト。
取り決め通りきっちり二等分してワリカンだ。残念ながら、取り決め通り学生割引は適用されない。
外に出ると、眩しい太陽が俺達を出迎える。
……この数時間、窓もない密室で何をしてたんだろう、俺達は。
それはきっと、俺達にしか判らないだろうし、それでいいんだとすぐに思い直した。
「じゃあね、おにーさん。今日は日本橋に行くんでしょ?」
「ああ、さつきは大阪の友達と約束、間に合うのか?」
「はいはーい、大丈夫ですよん」
じゃあ、と手を振って別れた。
「今度」は、もうない。
作品名:記憶、それは一夜限りの。 作家名:紅染響