Youthful days
「やあ、こないだはどうも。あれは僕達の空の友の会の集まりなんだ。君も是非仲間に入ってよ。僕は空を飛びたいんだ。どんな手段を使ったって。雲の方へ。ひたすら雲の方へ。それが僕の夢なんだ。卑怯って言われても関係ないよ。どんな手段を使ってでも、ただ空を飛びたいんだ」
「あっちに美味しいパスタの店があるから、向かおう」
二人で歩いていくと一人の乞食がいた。乞食は膝を抱えて本を読んでいる。
リュックは乞食に「やあ」と声をかける。
乞食は無言で手だけ上げる。
「あの乞食さあ、いつも本を読んでいるんだ。何の本かというとヘミングウェイのオールドマンアンドシーさ。ボロボロになった本をいつも読んでいる変人さ」
「僕の空の友の会で転機があってね、僕は空を飛ぶチャンスがあるんだ。今度知り合いに気球に乗せてもらう約束をしてもらったんだ。是非君に見てもらいたい、シャルロット」
「シモンって奴は僕が小銭をかけてポーカーをやっているときにね、僕のコークにラム酒を混ぜるんだよ。もう完璧に不良だね。でも僕は拒まなかったよ。空の友の会から外されたくなかったからね。僕以外の空の友の会の連中は不良ばかりさ。でも僕はそこから外されたくなかった」
リュックはゴミ焼却炉で物を燃やす人を見てこう言った。
「なんでも燃やしちゃうんだな」
「ええ?」焼却炉の男は鬱陶しそうに声を出す。
「なんでも燃やしちゃうんだな。ライラックの花でも燃やしちゃうんだな」
「パーティーで使い終わったんだ。いらなくなったんだよ」
「でも、よく燃やせるな」
「うるせい。ガキのくせに」
「バイバイ。おもしれえおっさん」
そう言ってリュックはシャルロットの手を取り二人で走り去った。遠くの声で、
「この不良ども」とかすかに聞こえる。
イタリアンの店に着き、パスタを注文した。二人でパスタを食べながら、シャルロットはリュックに訊いた。
「空の友の会以外は普段何をしているの?」
「ドライブに行ったり、音楽とか、うーんあと陶芸で焼き物をやるんだ。芸術活動だよ」
「素敵」
「でもたまに陶芸が焼けなくなるときがあるんだ。何も作る気がしなくなる」
「そんなときはどうするの?」
「どうもしない。しばらく海の側を歩いたり、芝生の上で寝転んだり、窓の外を見ていたり」
シャルロットはパスタを口にしながら、真剣に聞いていた。
「でもね、生きた鼓動を絶やしてはいけない。僕達は芸術活動をすればするほど、僕たちのために芸術があるのであって、決して芸術のために僕たちがいるんじゃないということをいつも思い知らされる。僕の言ってること分かる?」
「分かるような気がする」
二人は日を追うごとに、親密になっていった。
シャルロットの日々の唯一の楽しみはリュックと会うことだった。そしてシャルロットはリュックから無線のやりとりを教わった。リュックが気球に乗せてもらう当日、シャルロットは無線とテープレコーダーを使って、飛び立つ模様を録音する予定になっている。
そしてついにリュックが気球に乗る日がきた。
「シャルロットテープ宜しくね」
「うん。無線からくるリュックの声を録音するのね」
そしてシャルロットは空の友の会の灰色のコンドミニアムに行って無線の前に座った。テープレコーダーの準備もできている。
約束の時間だ。無線からリュックの声が聞こえる。
「QCPI189こちらリュック。空の友の会のキャプテン、リュック。まもなく気球が離陸します。こちらリュック。こちらリュック。まもなく気球が離陸します」
自信と希望に満ちた快活な声だった。しばらくシャルロットは無線の前にいると外から声がした。
「おい、あれなんだ」
「気球が燃えてるぞ」
シャルロットは慌てて外に出て空を見た。
そこには火のついた気球がどんどん下降しているあさましい光景だった。シャルロットは夢中になって火のついた気球の方へ向かって走った。
“どうして?どうして?”
“ねえ、どうして?どうして?”
“どうして?どうして?”
「男の子が飛び降りたぞー!」
「救助隊を呼べ!駄目だ男の子は息をしていない」
シャルロットが現場について見たものは無残にも遺体となったリュックだった。
葬式が終わり、ハウスキーパーだけの生活が始まった。シャルロットは黒服をまとい、喪に服し、空虚で、本当に慎ましい日々を送った。水差しの水を替え、キッチンを磨き、ガーデンから玄関の落ち葉を掃く。
アルクブリッジの先の太陽が指す光が、海を反射し、眩い光が散り散りに輝き、海を覆っている。青い空の彼方に飛行機雲が見えた。緻密な世界が映し出すよう、アルザスの村から出てきてからのことが、儚い追憶としてリフレインし、すべてが幻に思えた。
今日は家の主のマリーは外出をしていて、家にいない。シャルロットは、マリーが外出しているのでマリーの寝室に入り、こっそりテープレコーダーにテープを入れ、再生させた。
「QCPI189こちらリュック。空の友の会のキャプテン、リュック。まもなく気球が離陸します。こちらリュック。こちらリュック。まもなく気球が離陸します」
(了)
作品名:Youthful days 作家名:松橋健一