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「泳ぐのは好きなのよ。200くらいはイケる」
「マジですか。……ああ、でも、あんまり水泳でへばってる印象はないかな」
「でもさー、授業だと自分のペースで泳げないじゃん? 今は平泳ぎしたいのにクロールさせられたり、もっと泳ぎたいのに50メートルで交代したり、その逆も」
「あんまり泳ぎたくないときに限ってタイム測定とか?」
「そうそう、それ!」
 数学の難問を解いた生徒のような無垢な笑顔で、彼女は人差し指を僕に向けた。
 ……やっぱり、彼女は究極のマイペース人間らしかった。判らなくもない、けどさ。
 少し間を置いて、ひとりごちる。
「みんな一緒、とか無理っしょ」
「一人前倒し数学のこと?」
「……何で知ってんの?」
「みんな知ってるよ」
「嘘ー!?」
 ……彼女は意外と天然らしい。
「大森のノート、かなり狙われてるよ。特に文系人間に」
「……もしや売れるか。あ、てことは君も?」
「僕は英語が好きなだけで文系でも理系でもないよ。進路希望、まだ悩んでるくらいだし。……でも数学は苦手だな」
「いや、何より英語出来るのは強いよ。私数学だけだもん。ただ解くだけだし。英語は文系科目の筈なのに、どうして理系も必修なのよー」
 そう言って彼女はきれいなストレートヘアをぐちゃぐちゃとかき乱した。
 大森の意外な一面を見てしまい、僕は口元が緩んだ。
「英語の何処が駄目?」
「……全部。数学の何が苦手?」
「僕には数学のセンスがない。問題をどうこう変形させて公式を当てはめるまでに到達出来ない。説明を聞いたら理解は出来る」
「…………」
 大森はくしゃ、と髪に手をやったまま困ったような顔をした。プールでは、ウォーミングアップが終わってタイム測定が始まろうとしている。
「……今日の放課後、空いてる?」
 見学者タイム取れー、と言われて立ち上がりながら大森はちらっとこちらを見た。
 両手を両膝について軽く屈伸しながら、
「物々交換、しよう。英語と数学。おまけに、市営プールに行くと休んだ分のペナルティ軽減になる裏情報をつける」
「え……っ?」
 話の展開についていけずにへたり込んだままの僕などお構いなしに、大森は僕を見下ろしている。
「それでは放課後、図書室で」
 長い髪に遮られて表情は判らなかったけれど、裸足でストップウォッチを手に僕の横を通り過ぎる彼女からは太陽とシャンプーの香りがした。
 もうすぐ二学期。
 だけど、僕の夏休みはこれからかも知れない。
作品名:My (s)pace 作家名:紅染響