さびしがりやのルーン
ある日、夕方になっても帰ってこないルーンを、僕は探しに出た。ルーンはひとりぼっちで公園にいた。人間の姿になってブランコをキィキィ漕いでる姿は、いつものルーンらしかぬ寂しげな姿だった。
「ルーン、帰ろ?」
僕の呼びかけに、ルーンは口をヘの字にへし曲げた。
「かえらない」
「どうして?」
「かえりたくないからだ」
まったくもって屁理屈な台詞を吐き出して、ルーンはへそを曲げたようにそっぽを向いた。僕はルーンの説得をそそくさと諦めることにした。こうなったルーンは下手なことを言っても怒るだけで、時間が解決してくれるのを待つしかないのだ。ルーンは、隣のブランコに乗った僕を暫く気まずそうにチラチラと窺ったりしていたけど、僕が帰る様子がないのを見ると、何処か遠い眼差しで空を見上げた。
「―――あのあたりに俺様のほしがあった」
ルーンは、躊躇うような口調で言った。人差し指をピンと伸ばして、ルーンは雲に覆われた辺りを指差す。目を細めて空を見つめたけれども、僕にはルーンが言う星がどこにあるのか結局分からず、首を捻った。
「見えないよ」
「ばくはつしたから、もうない」
呆気無いルーンの言葉に、僕はぎょっとした。
「てんこうイジョウがおこって、じめんから火柱がふきだして、水がひあがって、ぜんぶぜんぶ燃えた。そのいっしゅうかん後に、ほしがばくはつした」
「それで、みんな宇宙船に乗って逃げたの?」
「みんなじゃない。くじびきをひいた」
「くじ引き?」
「くじびきにあたったやつだけ、うちゅうせんに乗れる。かぞくのなかで、俺様だけあたった」
そう呟くルーンは、当たったことを悔やむような苦味走った表情を滲ませていた。鎖を握り締めるルーンの指先にぎゅうと力が込められているのが解る。
「俺様のきょうだいは、あかんぼうをうんだばっかだった。あかんぼうにあたりをゆずりたかった。でも、あたったやつしかダメだっていわれた。みんなといっしょに死ぬっていった。でも、だめだって泣かれた。おまえだけでも生きのこれっていわれた。だから、うちゅうせんにのった。星からはなれて、すぐにばくはつした。真っ赤なひかりがとびはねて、こなごなに砕けた」
ふぅと溜息を吐いて、ルーンはもう一度空を見上げた。微かに赤味がかった空に、一番星が小さく浮かんでいるのが見える。あのくちゃくちゃな宇宙船に乗って、泣きながら宇宙を彷徨う彼を想像する。宇宙船の中から、自分の星が爆発するのを見たとき、彼はどんな気持ちだったんだろうか。
「ルーンは、一人だけ生き残ったことを後悔してる?」
「たぶん、すこし」
「でも、きっとルーンが悪いわけじゃないよ」
僕の言葉に、ルーンは少しだけ泣き出しそうに眉間にぎゅっと皺を寄せた。それから、僕をじっと見つめた。ルーンの淡い緑色の瞳に見つめられて、僕は心臓が大きく跳ねるのを感じた。
「うちゅうせんのなかで、俺様はたくさん星をみた。きらきらしてて、きれいだった。そのなかでも、いちばん地球がきれいだとおもった。あおとみどり色で、こんなところで暮らしたいとおもった。うちゅうせんからおりたら、おまえらがびっくりした顔で俺様をみてた。イヌとネコはいやだった。はーぶてぃーはまずかった。お酢はうまかった」
「それ聞いたら、母さんからまた怒られるよ」
「キヨコはこわい。でも、やさしい。ヨシオはときどき酒くさい。でも、やさしい。おまえは、いやなとこがないのが、ちょっといやだ。でも、すごくやさしい。俺様は、おまえらとかんけいない宇宙人なのに、何でやさしい?」
まるで迷子になった子供のような表情で、ルーンは心細そうに僕を見つめていた。その目から透けて見えるのは、ルーンの孤独だ。この地球に一人きり、馬鹿で間抜けな、さみしがりやの宇宙人。僕は、ルーンの人よりあたたかい頬に触れて、そっと囁いた。
「みんなルーンのことが好きだから」
「すき?」
「僕もルーンが好きだよ」
「すきって何だ?」
無邪気に問い掛けてくるルーンが可愛い。鮮やかなエメラルドグリーンの髪の毛に指を差し込んで、普通の人より柔らかい地肌を緩く撫でる。
「可愛くて仕方ないって事だよ」
「おまえは、ときどき俺様のわからない宇宙語をしゃべる」
憮然とした顔でそんな事を言うルーンに、僕は思わず噴き出してしまった。指先を握り締めると、ルーンが不思議そうに僕を見上げる。
「家族っていうのは、お互いがお互いに大事に思ってるってことだよ。僕や父さんや母さんは、ルーンを大事に思ってるよ。ルーンも、きっとそうでしょう? そうでなくても、そうだって勝手に僕は思うよ」
「ほんとに、かってだ」
「人間は、勝手なぐらいが丁度いいんだよ」
ルーンは納得出来ないと言いたげな表情を浮かべている。不安の入り交じった彼の瞳を見下ろしながら、そっと唱えるように呟く。
「僕らみんな大事に思ってる。だから、僕らは家族だよ。ルーンも家族。そう思っても、きっと許してもらえる」
「ゆるしてもらえる? だれにだ?」
「たぶんどこかの誰かに」
そう言うと、ルーンはちょっとだけ笑った。嬉しそうで、少し寂しそうな笑み。きっとルーンの寂しさをすべて拭うことはできない。だけど、寂しさの上に幸福を重ねて行くことはできると思う。それが僕の勝手な思い込みでも。
ルーンの手を引いて、家までの道を歩き始める。帰り道、ルーンは小さく掠れた声でぽつりと呟いた。
「宇宙はきらきらしてててきれいだけど、すごくさみしい」
「うん」
「だけど、おまえの傍はさみしくないな」
「じゃあ、ずっと傍にいればいいよ」
「ずっと?」
「ずっと」
鸚鵡返しに言うと、ルーンは少し困ったように眉を顰めた。だけど、結局何も言わずに曖昧に頷いた。それから、もう一度空を見上げると、独り言みたいに呟いた。
「ちきゅうがばくはつするときは、おまえのそばにいてやる」
きっと、ルーンはもう独りぼっちになりたくなかったんだろう。孤独よりも死を選ぶルーンに、僕は僅かな悲しさを感じたけれども、それと同時に堪らない幸福感を覚えた。僕は、彼の家族ほど優しくはないし、自己犠牲の精神を持っているわけでもない。だからきっと、もし地球が爆発する日が来ても、僕は彼を見送ることなんか出来ないだろうと思った。
「ルーンは、今幸せ?」
「しあわせ、って何だ?」
「うーん、お酢をいっぱい飲んだ時みたいな気持ちかな」
少し首を傾げながら言うと、ルーンは顔をくしゃりと崩して笑った。
「あとひと瓶のんだら、もっと〝しあわせ〟になる」
意外とちゃっかりしてるルーンの言葉に、僕は思わず声を上げて笑ってしまった。嗚呼、幸せって本当に他愛もないものだ。ルーンの手を強く引いて、家までの道を駆け抜ける。母さんの目をかいくぐって、彼の幸せのもとを盗み出すために。明日は、きっと母さんの怒りで地球が爆発する。だけど、この手は離さない!
作品名:さびしがりやのルーン 作家名:耳子