L K 「SOSの子守唄」
第一話 ミッション
私がこのミッションに選ばれた理由は、感情に乏しい女だから。
生まれた時から、まったくの感情を持っていなかった。私自身、大勢でいるより、一人でいる方が性に合っていると思う。でも、有り余る時間を有意義に過ごしたいとは思うけど、船のデータベースは隅々まで見てしまって、新しい情報と言えば、私が眠っている間に受信した太陽系からの指令と、目覚めるまでの一年間に収集された星域の星図のみ。たったそれだけ。
太陽系には、私に無意味なジョークを投げかけてくれる知人は、もう生きていないだろうな。
出発当時は星間メールと呼んでいた通信手段も、今はもう古く、データ通信量に限界がある。予備の資材から3Dコピーして、船のハード面を改造してきたけど、これ以上は無理なようだわ。船の脳幹システムのアップグレードにも限界が来てしまった。
最近は、と言っても46年前からだけど、退屈という感情を理解するようになった。さらに22年前には、寂しさを感じることも出来るようになった。
人類は希望を持って物事に取り組むことが出来るが、私にはまだ『希望』というものが理解出来ない。ただ、この先80年後に到達する星系で、人類以外の知的生命体の存在を確認するという目的しか理解していない。
*ウォンウォンウォン・ウォンウォンウォン・・・(メッセージの着信音)
『最重要指令』
今回は、意外なことに停船を命じられた。この100年で初めてのこと。指令の内容はこう。
『直ちに最寄りの0(ゼロ)クラスの惑星軌道上に停泊せよ』
こんな短い指令に、疑問を持つことは許されない。その為に私が適任とされたミッションなのだ。
私には不安も恐怖もあまり感じられないが、続報の確認を急いで、他の作業をそっちのけにする。
『星間飛行技術の向上により、新造船を派遣、39年で太陽系から目的星域に到達可能』
当初から予想されていたこととは言え、人工睡眠から目覚めたばかりの私は、脱力感というものを感じているが、それが気持ち的なものなのか分からない。
『貴船は、現時点で退役、中継基地としての任務に就くものとする』
新造船には18人のクルーが乗船し、約28年後に本船に追い付く予定か。これによりミッションの40年以上の短縮が可能になったわけね。
本船のミッションがまったく無意味だったわけではない。これまで作成してきた星図や収集した科学的データは、後続船のミッションで活用されるし、本船は引き続き、物資の補給を目的とした中継基地となる。そのために、地球環境に良く似た0(ゼロ)クラスの惑星を探して、新型探査船の受け入れの準備をしなければならない。その猶予は28年もある。
この先の航路には、まだ何があるのか分からない。ゆえに、ここまでの星図の中から、有力な候補惑星を探すのが手っ取り早いけど、少し後戻りすることになる。船の方向転換はエネルギーの消耗が激しい。慎重に行わなければ、航行不能に陥る。チャンスは一度だけだろう。慎重に候補惑星を見付け出そう。
しかし、0(ゼロ)クラスの惑星はすぐ近くに見付かった。
28年後。
この惑星には生命は存在しなかった。植物、菌類やバクテリアはおろか、ウイルスさえ見つけられない。私の知り得る限り、人類は自分たち以外のそういった生命には、まだ出会えていない。
私は、この惑星で新しい任務を遂行するため、20年以上人工睡眠を控え、後継の探査船の到着に備えてきた。眠って待つことの無意味さより、新天地の開拓に『希望』を感じることが出来るようになったから。
船から着陸船を降下させ、安定した地盤に基地を建設した。そこは、炭酸ガス濃度の高い大気で呼吸は出来ないから、現地で調達した資源から生産した資材で作り上げたドーム内に、水から取り出した酸素を満たし、居住区を作り上げた。
水は豊富に存在するし、炭素から有機物を合成することが可能なので、食糧を生産することも出来た。しかし、この星を訪れるものは、合成食料だけでは満足しないと思う。
基地内に農場を建設し、人工睡眠で運んできた家畜を飼育した。野菜だけではなく、草花も栽培してみた。きっと宇宙旅航者たちは、この花壇を見て、心を癒されるはずだわ。私に彼らをもてなしたいという感情が芽生え始めたことに気付いた。
猫をペットとして側においてみると、ミッションに従事すること以外の価値を見出せたような、不思議な感覚を味わうようになってきたの。この新世界では、私が創造主であるかのような錯覚を覚えてしまう。
明日、この私の星に、太陽系からはるばる18人の客が到着する。
軌道上の私の船に、巨大で最新の科学調査船がドッキングした。私は、船長に面会するために、その船に乗り移った。そこのクルー達は皆、初対面の私に、笑顔ではなく敬礼で挨拶をした。
私は補給品の積み込みを指示した後、船長室に案内されたけど、その途中、広く明るい通路には子供が3人走っていたわ。28年の旅航で、クルーの間に子供が出来たようね。
私のことを「大佐」って呼ぶ船長とも敬礼を交わした。船長の話によると、私は“伝説の宇宙飛行士”なのだそうだ。階級はいつのまにか3階級も上がって、『特別功労勲章』まで貰ってたらしい。私にも聞きたい事がたくさんあったのに、船長は私のそれまでの経験に関心があるようで、私に質問させる隙を与えてくれない。以前の私なら、この形式ばったやり取りのほうが得意だったろうが、今は何か物足りない気がする。
クルー全員に、この星での開拓の様子を見て欲しかったけど、作業スケジュールの関係で、地表に降りられるものは6名と限られていた。その6名も、補給物資の積み込みに忙しく、農場をゆっくりと見学出来る時間は持てなかった。それでも彼らは、私が栽培した生のニンジンを食べてくれた。料理をする時間が無かったせいで、申し訳なかったけど。
やがて、彼らはこの星を旅立ってしまった。本来私に託されていたミッションを、ここで引き継いだわけだ。
私は彼らの船に乗って、この星を離れることは出来ない。そういう命令になっていたから。人と付き合うのが苦手で、一人でいる方がいいと思われているので、仕方が無い。
しかし、この星で一人、彼らの到着を待ち望む間に、私にも人間性が育って、彼らと離れるのは寂しい。人間はもっと感情表現が豊かで、笑顔で接するものと思っていたが、長い宇宙旅航の間に、彼らの感情は乏しくなってしまったのだろうか。皆がまるで機械のように行動していることに私は違和感を覚えた。これが本来の人間で、私が想像していたのは、間違いだったのかしら。
船長は、この補給基地に新しいラボの施設と、作業用の重機類、そして2体のアンドロイドを置いて行ってくれた。その内のサーバントモデル(科学者型)1体を、私のバディとして起動させた。
「私の役割の概要を述べてください」
そのアンドロイドは、無表情で話した。
「名前は何と言うの?」
「名前はありません。マニュファクチャー番号は、SS3200-560W00159Kです」
「アリゾナで製造されたのね」
その番号を聞いただけで、彼の製造工場がわかった。懐かしい私の出身地だ。
作品名:L K 「SOSの子守唄」 作家名:亨利(ヘンリー)



