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おりん(「星の砂SSコンテスト」落選作)

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「へい、いらっしゃいまし、おあいにく様ですがもう仕舞うところなんで、よろしければまた明日にでも……おや? これはこれは、お役人様でしたか、お武家様がこんな汚いめしやなんぞにどうして?
 ―――はぁ、それはまた随分前の話を……あの事件をご存知で?
 ―――なるほど、帳面でね……でも、帳面にはあまり詳しいことは書いてないのでございましょう?
 ―――へぇ、親分さんはお得意さまでございましたよ、おりんちゃんと死んだ正吉もでございます……ははぁ、なるほど、それであっしに話をと……ようがす、お話いたしやしょう……。
 
 ―――この辺りにいた頃のおりんちゃんですかい? 大人しい子でしたよ、要り用なことは喋りますが、いつもは滅多に口を利かねぇような……それと、大層綺麗な子でございました、八つの子をつかまえて綺麗と言うのもおかしゅうございますがな、可愛らしいと言うより綺麗な子でございました、色が抜けるように白くって、顔が小さくて体つきもほっそりしていましてな、おかっぱにした長い髪が良く似合っていやしたよ……ただですな……ただ、目が他の子とは違っていやした、ぱっちりとして黒目がちで……何て言いましょうなぁ、そう、深い井戸みたいに底が知れねぇ感じで……いえ、子供らしくなかったわけじゃございやせん、にっこりと笑った時なんざ、惚れ惚れする位に可愛らしかった……ただですな、あの目にじっと見つめられると、なんだか引き込まれそうな心持がしたもんでございます。
 そのせいでしょうかな、一人でぽつんとしていることが多ぅございました。

 ―――正吉の事件でございましたな……酷ぇ話でございますよ、正吉は腕の良い染物職人でしてな、それであんな土手っぷちに小屋を……飲む打つ買うってなことにはとんと縁のねぇ真面目な男でございました……その頃おりんちゃんは確か八つで、父娘二人暮らしでございました、母親はあの子を産んだ時に亡くなってたんでございます。
『染物職人の正吉の家に盗人が入り、もみ合いになって二人とも死んだ、娘のおりんは押入に隠れていて無事だった』……帳面にはそれしか書いていなかったんでございましょう?
事件の後に親分さんが皆に報せたのもそれだけでございました……でも、本当はちょっと違ってたんでございます……。

 お役目柄、親分さんは時分どきを随分と外して、遅くにふらりと立ち寄られることがございました……あっしは店を仕舞った後、残り物をアテにちびちびとやるのが何より楽しみでございましてなぁ、へぇ、親分さんが遅くに見えた時には、ちょくちょく二人でやったりとったりもいたしやした。
 あれは事件の三年ほど後、親分さんが亡くなるちょっと前のことでございましたな……ちょうど今夜のように冷え込む夜でございました、やはり親分さんが遅くに見えましてな、あっしは鍋をこさえたんでございますよ、有り合わせの賄いでございましたが、親分さんはそいつを大層喜んでくれましてなぁ、あの晩はちょいと話が弾んで、二人で五、六合も空けましたでしょうかね、その時ですわ、親分さんがあの事件のことをぽつぽつと話してくれましたのは……。
 盗人と正吉はもみ合いなんぞになってやしません……心の臓を一突きにされていたそうでしてな、声を上げることすら出来たかどうか……おりんちゃんも押入なんぞに隠れちゃおりません、畳の上で気を失って倒れてたそうでございます……。
 ……お役人様も妙だとお思いになりませんか? 正吉をためらいなく刺し殺した盗人だ、いたいけな子供だと言っても情けをかけるような人間だとも思えねぇ……だけど、おりんちゃんは無事で、あべこべに盗人が死んでたんでございますよ……。
 それにですよ、親分さんの仰るには、盗人の体には傷ひとつなくって、代わりに首に締められた跡があったそうで……盗人はもみ合いになって刺されたんじゃありやせん、絞め殺されてたんでございますよ……盗人の首に残ってたのは指だの紐だのの跡じゃなくって、まるで刺青のようにくっきりした青痣だった……と……いや、刺青じゃございやせん、刺青ならいくらでも見てた親分さんが見間違う筈もございやせんからな……首には自分で掻き毟った跡がついてたそうで、爪もどす黒く血に染まってたそうでございやす。

 正吉は心の臓を一突きにされてもう死んでた、もし、まだ息があったとしてもとてもそんな力は出せっこねぇ……。
 おりんちゃんはまだ八つだ、そんな小さな子が人一人絞め殺せやすかい? しかも刃物を振り回す大の男を……。
 だとすると……だとすると、一体誰が盗人の首を絞めたんでございましょうな?……。
 
 お役人様……おりんちゃんにまた何かあったんでございましょう? でなきゃ七年も前の事件の事をお聞きにわざわざ見えるはずもございやせん、それくらいはあっしのような者でも察しはつきやす……また骸が転がっていたんじゃござんせんか? おりんちゃんの傍に……。
 ―――ああ……左様でございましたか、奉公先のお店にまた盗人ですかい、今度は三人組で……それで、首に青痣をつけた盗人の骸が三つでございますか……。
 ―――ほう、今度はお店の奉公人仲間が見てたんでございますか、その一部始終を……なるほど、お役人様があっしのところに見えた訳がわかりやした、奉公人の話がちと信じ切れないんでございましょう? 盗人の死に様を見れば嘘をついてるとも思えねぇ、だけど鵜呑みにする訳にも行かねぇ……そんな所じゃございませんか?
 ―――図星でございましたか、それじゃぁ、あっしが言い当ててお見せいたやしょう……。
 青い蛇が出たんでございましょう? 
 おりんちゃんの体から青い蛇が這い出して、盗人の足元からするすると這い上がって首を絞めた、そいつが苦しがるのを見て、仲間が蛇を引き剥がそうとするが、厚みも何もありゃしませんからどうにもならねぇ、で、一人目を絞め殺した蛇は助けようとした二人目の腕を伝わって首に巻きつく……三人目は……そうですな、おおかた腰でも抜かしていたんじゃございませんか? 二人を絞め殺した蛇は悠々と三人目の脚に絡みついて……そんなところじゃございませんか?
 ―――はぁ、あらかた当たりでございますか、違ってたのはどの辺りでございます? 
 ―――なるほど、一人目は足元からじゃなくって、おりんちゃんの体にかけた手から、でございますか、他は合っていやしたか、そうでございますか……。
 一人目はおりんちゃんを見て妙な気を起こしたんでございますね? まぁ、八つでもあんなに綺麗な子でございましたからな、今はさぞ別嬪になってるんでございましょうが、そいつは人としてやっちゃあいけねぇこった……そいつは報いを受けたんでございますね。 ってことは、七年前の盗人も、まだ八つのおりんちゃんに妙な気を起こしたのかも知れやせんな……だとしたら、尚の事いけねぇ、そんな野郎は死んで当たり前でございますな、いい気味でございますよ。

 ――どうしてわかる?って……へへ……さっきは申し上げやせんでしたが、実はあっしも知ってたんでございますよ……おりんちゃんの体には、まるで蛇のように巻きついてる青痣がある……ってことを……。