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御手紙 葉
御手紙 葉
novelistID. 61622
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ZERO

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ゼロ

 僕の秘密の場所は、小高い丘の上にあった。そこは高校と隣接する自然公園の最奥にあり、木々が鬱蒼と生え茂って、道が全くないところをさらに進んでいくと見えてくる。
 大きな大きな樹が無数の枝を伸ばせて立っているのだ。そこに来る人々の姿は、僕は今まで一度も目にしたことがなかった。彼のことを知っているのは、この世で僕ただ一人だ。それはそれで世界の終わりを見守っているようで、特別な気持ちになってくる。
 僕が通っているのは進学校で、普段勉強ばかりに追われる毎日だけれど、こうして放課後にこの樹の下で、読書ができることが僕の支えになっていた。彼がいなかったら、僕はここまで来れなかっただろう、と思う。
 来年は三年になるので受験勉強が控えているし、今のうちに大きな友人と語り合う時間を大切にしたかった。僕は、彼に何でも話した。気になっている女の子の話、煩いけれど可愛い妹のこと、勉強の愚痴、色々なことを語りかけていると、彼が今どんな表情をしているのかわかるような気がした。
 彼の枝が揺れる度、その話に賛同しているとか、驚いているとか、そういう感情の機微が感じられるような気がした。
 僕の文庫本がひらりとページを捲る度に、彼は上から覗き込んで、ちょっと待ってよ、まだ俺は最後まで読んでいないんだ、と抗議したりする。全くの妄想だとわかっているのだけれど、それでも彼と一緒にいられるだけで僕の心は救われたのだ。
 そうしてその日も文庫本を捲りながら、彼に背を寄りかからせて、放課後の時間を楽しんでいたけれど、そこでどこからか地面を踏みしめる小さな足音が聞こえてきたような気がした。
 気のせい、だろうか、と耳を澄ませていると、その音はどんどん近づいてきて、やがてまっすぐこの樹へと向かっていることに気付いた。僕はびっくりして立ち上がり、そっと覗こうとしたけれど、その気配がすぐ間近で止まったのがわかった。
「どうして、なの」
 それは、掠れた少女の声だった。どこかで聞いたことがあるような気がする。彼女は嗚咽を零していて、樹にもたれかかりながら、何かを話していた。
「私が抱いていたこの気持ちは全くの嘘だったのかな。もう私には彼に想いを伝えることも、一緒に笑い合うことも、密かに想いを寄せることも、許されていないのかもしれない。そんなのって、ないよ」
 彼女はそう言って崩れ落ち、大きな声を上げて泣き続けた。僕はその悲痛な声が聴いていられなくて、ぐっと唇を噛み締めて樹にもたれかかっていたけれど、彼女が自分を責めるようなことを言い出したので、堪え切れずにふと口を開いた。
「そんなの、好きならその気持ちを貫き通せばいいんだよ」
 僕が言ったその言葉が周囲に響いた途端、我に返って口元に掌を抑え、しまった、と硬直した。彼女の嗚咽がふと止まって、え、と掠れた声を零す。
「今、樹が喋った?」
「いやいやいや、樹は喋る訳ないだろ」
 僕は仕方なくそこから出て、彼女の前に姿を現した。彼女が僕を見つめて、これ以上ないくらいに目を見開き、驚いた顔をする。
 僕はその人の顔を見て、同じように口を半開きにしてしまう。
「佐山さん?」「……時田君?」
 僕らの声がハモり、お互いの顔を凝視して硬直していたけれど、やがてどちらともなく苦笑を浮かべた。
「ごめん、聞くつもりはなかったんだ。でも、あまりにもつらそうで、声を掛けない訳にはいかなくてさ」
 必死にそう言い繕うと、佐山さんは眉を下げて笑い、いいのよ、と言った。
「みっともない姿を見せちゃったね。今の、全部……聴いてたよね?」
「うん、ごめん」
 僕がそう言って目を逸らすと、佐山さんはスカートの裾を払ってそっと立ち上がった。
「その人に想いも伝えられないまま、失恋しちゃって……本当に情けないんだけど、ショックでさ。だから、この場所に来て、全てを受け止めてもらおうと思ったんだ」
 彼女はそうつぶやくと、その大きな幹へと手を差し伸べて、ぽんと置いた。
「彼女だったら、全てわかってくれると思ったから。でも結果的に、時田君に全て聴いてもらうことになっちゃったね」
「その人のこと、どうしてもあきらめられないんでしょ?」
 僕が彼女の言葉を遮ってそう言うと、佐山さんは俯き、「うん」とつぶやいた。
「私、その人のことが本当に好きで、今までずっと遠くから見守っているだけだったんだけど……今日、他の女の子と一緒に帰っているところを見かけてさ。だから、ショックだったの」
「自分の気持ちを伝えたいなら、伝えちゃえばいいんだよ。それで相手が駄目だと言ったら、そこで気持ちにケリはつくと思うよ。恋愛経験のない僕がこんなこと言って、馬鹿らしいかもしれないけど」
 彼女はじっと僕を見つめて口を閉ざしていたけれど、そこでふと笑みを見せてうなずいてみせた。
「そうかもね。あきらめなくても、自分に嘘を付かなくてもいいのかもしれないね……私は彼のことが好きで、それは偽らざる真実なんだから。ありがとう、時田君」
「いいんだよ。それより、佐山さんがこんな場所に来るなんて本当にびっくりしたよ」
「私だってびっくりしたんだよ。私の秘密の場所に、先客がいるんだもん」
「秘密の場所? ここ、僕が毎日通ってる場所だったんだけど」
 彼女はそっと目尻の涙を振り払って、本当にすごい偶然だね、と笑った。
「私は毎朝、学校に行く前にここに寄るんだけど……今日はあまりにつらくて学校の後に寄ったんだ」
「僕は放課後にいつも来るけど……お互いに誰にも気付かれてないと思ってた訳か」
 僕らはそう言ってお互いに押し黙り、やがてぷっと噴き出して笑い合った。
「すごい偶然……ホントに、すごい偶然……」
 彼女はそう零して、ようやく心から笑ってくれた。
「クラス委員とかやってて、すごく真面目な佐山さんの、実はすっごく女の子らしい一面を見れて良かったよ」
「ちょっとやめてよ。私だって普通の女の子なんだから」
 彼女は少し口を尖らせて言ったけれど、それは怒っているというより、本音で語り合うことができて嬉しそうな様子だった。
 そうして僕らはその樹の下で初めて二人で長く語らい、同じ秘密を共有する同志として、たまに会っては話すようになった。
 それは僕の勉強づくめの高校生活に、初めて学生らしい、青春を謳歌できた瞬間だった。
 一体佐山さんがどんな人を好きなのか、とても興味があったけれど、それよりやっぱりいい人だったんだな、と思えてそれが何より嬉しかった。

 *

 僕にはうるさい妹が一人いて、学校の中でも僕を見つけると、走り寄って来ては下らないことを騒ぎ立てたり、逆に泣きついて来たり、と表情がころころ変わる、感情豊かな女の子だった。
 その日も僕が廊下を歩いていると、その妹が「兄貴!」と叫んで近づいてきて、突然肩をつかんだかと思った瞬間、何かを騒ぎ立て始めた。
「ねえ私、現代文が学年二位だよ? すごいと思わない? 兄貴の言う通り、国語だけは天才的だ!」
「わかったって……引っ張るな。というより、廊下の真ん中でがなり立てるなよ。さっさと友達のところ、行けよ」
「兄貴はテストの順位、どのくらいだった?」
作品名:ZERO 作家名:御手紙 葉