HIKARU GENJI 2017
「マジ? ホントに恩に着るよ、この恩返しはどこかで必ず……」
「ま、イイってこと、ホラホラ、忍んで行くんじゃなかったの?」
「ああ、そうだな……じゃ、またな」
そう言い残して光源氏は鏡の中に消えた……。
三日後……。
「ええ~っ? ここにあったロッカーは?」
すりむいた鼻も治り、出勤して更衣室兼事務室のドアを開けた重美は大声を上げた。
「びっくりしたぁ、重美さん、急に大きな声出さないで下さいよぉ……あれね、もうガタガタだったでしょう? 店長がね、やっと新しいのに入れ替えてくれたんです、ほら、今度のはクリーム色でちょっと雰囲気が明るいと思いません?」
「ねぇ、それっていつ? あれはどこに持って行ったの?」
「重美さん三連休取ったでしょ? その最初の日ですよ、どこにって……そんなの知るわけないじゃないですかぁ」
「……そうよね……」
「古すぎてリサイクルできるとも思えませんしね、もう潰されるか溶かされるかしちゃってるんじゃないかなぁ」
「……多分、そうよね……」
重美は丸椅子を引き寄せて、座面よりはだいぶ大きいお尻を乗せると、肩を落として大きな溜め息をついた。
別に恋人だったわけじゃないが、自分が変身させた光源氏のあで姿が見られなくなったと思うと残念だし、別れ際に礼を言ってくれた時の彼にはちょっとトキメいていたから……。
それっきり、光源氏とは会っていない。
古典に何の変化も起こっていないようなので、光源氏は重美が教えた化粧を続けているようなのだが、どうやって化粧品を補充しているのかはわからない。
そして、史上最高の美男の名を欲しいままにした光源氏が、赤い大きな鼻をした末摘花に興味を抱いたのは、重美との想い出のせいであることは誰も知らない。
重美自身、そんな事は夢にも思っていないことなので当たり前だが……。
「あら、また……」
掃除のおばさんは、男子トイレにある掃除用具置き場の扉を開け、一枚の貝殻を拾い上げた。
なんとも雅な感じの絵が描かれていて、美しいものだ。
「役得,役得」
そう呟いておばさんはそれをポケットにしまいこんだ、孫娘にやると大喜びするのだ。
「さて、さっさと掃除を済ませちゃおうか」
そう呟きながら、自分の頬を両手でぴしゃりと叩いた。
そう、あのロッカーが運び出される時にもったいないと思って外しておいて、掃除用具入れの扉に貼り付けた鏡に向かって……。
[おしまい]
作品名:HIKARU GENJI 2017 作家名:ST