あの日、俺はヒーローを想うヒロインに恋をした。
デート
「みつよ……、波多野先輩、おはようございます!!」翌日、教室に向かうと、廊下に小糠が待ち構えていて、俺は驚きに目を見開いた。
「……小糠、おはよう。どうしてお前がここに?」
「波多野先輩に、お願いしたいことがあって……」
「……お願い?」
小糠は頷き、真剣な表情で話し出す。
「みーくんと、デ……デートがしたいんですけど、二人きりは恥ずかしくて……だから、波多野先輩も同行してくれませんか?」
思わぬお願いに目を見開くと、小糠は申し訳なさげに頭を下げる。
「こういうことを頼めるのは波多野先輩しかいなくて……お願いします!」
……好きな相手のお願いを無下に出来る程、俺は冷酷ではなかった。
「分かった、お前達のデートに付き合えばいいんだろ?」
小糠はバッと顔を上げて、満面に笑みを広げる。
「ありがとうございます、波多野先輩!」
小糠の笑顔に胸が脈打つのを感じながら、俺はデートのことを思って息を吐いた。
小糠と河原(と俺の)デート当日、待ち合わせ場所に行くと、そこには小糠がいた。
小糠は制服ではなく私服で、水色の上着とピンクのスカートは可愛らしくてよく似合っていた。
俺を見た小糠は、落胆したような、しかし安堵したような表情を見せて、笑みを浮かべた。
「波多野先輩、来てくれて良かったです」
「……河原はまだ来てないのか?」
小糠は目を伏せて、「……はい」と頷く。
「まあ、まだ待ち合わせ10分前だからな。河原が来るのを待とうぜ」
小糠の隣に立ち、河原が来るのを待つ。
待ち合わせ時間になっても河原は来ず、小糠が俯くと、ピピピピと携帯が鳴る音がした。
「私の携帯ですね……みーくんからです!」
小糠が携帯を耳にあてて、暫くして目を見張り、携帯を閉じる。
「……河原は、何て?」
「……みーくんは、寝ているみたいです。みーくんのお母さんが、そう言っていました……」
震える声で小糠は言い、頭を下げる。
「すみません、波多野先輩……せっかく来てくださったのに……」
「…………」
俺は黙って小糠を見つめ、あえて明るい声で言った。
「小糠。いや、みなこ。俺とデートしないか?」
「えっ?」
「せっかく遊びに来たんだから、楽しまねぇと」
河原じゃなくて悪いけど。
小糠――みなこに笑いかけると、みなこは茫然と俺を見て、「ううん」と首を横に振る。
「ありがとう……波多野先輩……いや、みつよしくん」
みなこに笑顔が戻ったことに安堵して、俺はみなこの右手を掴んで歩き出す。
「み……みつよしくん」
「ん?」
「……手が……」
「あ、嫌だった?」
みなこの右手から手を離すと、みなこが俺の手を掴んでくる。
「い、嫌じゃないよ……」
恥ずかしげに言うみなこにくすりと笑って、俺はみなこの手を引きながら歩き続ける。
「みーくんはね」
俺の手を握りながら、みなこが話し出す。
「私の、ヒーローなんだ。昔から、いじめられがちな私の傍にいて、私を守ってくれて……。私は、そんなみーくんのヒロインになるのが夢だったんだ」
「……そっか」
ちくりと、胸が痛む。
みなこは、本気で河原のことが好きなのだ。
「みーくんは、私のことを鬱陶しい妹だとしか思ってないけどね」
みなこが苦笑するのが分かって、俺は足を止める。
「……みつよしくん?」
「……俺は、」
想いを口にしようとして、躊躇いから口をつぐみ、「……何でもない」と返す。
みなこはそれ以上は何も言ってこなかった。
みなことショッピングモールを回り、映画を見て、食事を摂る。
その時間は、楽しいものだった。みなこは7割くらい河原のことを話していたが、それでも俺はみなこと話せることが嬉しかった。
「今日はありがとう」
別れる前に、みなこはそう言って笑った。
「こちらこそ。お前と色々なことを話せて楽しかったよ」
7割くらい河原のことだったけどな。それは口にせずみなこに笑い返すと、みなこは照れたように目を伏せる。
「……みなこ、」
想いを口にしようとして、しかし俺は別のことを口にする。
「お前にとって、俺はどういう存在だ?」
みなこは目を見開いて、うーん……と思案する様子を見せる。
「みつよしくんは……そうだな、RPGでいう毎日便利なアイテムをくれる人かな」
「……なんだそりゃ」
河原はヒーローなのに、俺はモブってことか?随分差があるじゃねぇか。
内心で落胆していると、みなこはふふ、と笑い声を上げる。
「みつよしくんみたいな人がゲームにいたら、私は毎日会いに行くよ」
「……!」
「アイテムがいらなくなっても、同じ会話しか出来なくても、毎日会いに行く」
みなこの言葉に息を呑むと、みなこは「何てね」と笑う。
「今日は本当にありがとう。またね、みつよしくん」
みなこが右手を振りながら去っていく。
俺はその姿を見送って、その場に立ち尽くす。
(どうやら、ある程度は俺のことが好きみたいだが……)
しかしそれは、河原に対する想いとは比にはならないだろう。
(……河原が羨ましいな)
俺は目を伏せて、自宅へと歩き出した。
作品名:あの日、俺はヒーローを想うヒロインに恋をした。 作家名:如月