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あの日、俺はヒーローを想うヒロインに恋をした。

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 普段着ている制服に着替えて、俺は河原のクラスの劇を観に行った。
 主役の王子を演じる河原の姿はかっこよくて、やっぱりあいつはヒーローなんだな、と再確認する。

(きっと、あいつはいつまでも小糠のヒーローなんだろう)

 その事実が眩しくもあったが、素直に受け止めることが出来た。
 劇が終わり、頭を下げる河原に拍手を送る。

(ありがとう、河原)

 後輩でありライバルである彼に心の中で礼を言って、俺は席を立ち、体育館に向かった。


 小糠が協力してくれたおかげで、体育館には何人か観客がいた。
 俺は愛用のウクレレを取り出して、ステージに向かい、観客に頭を下げ、ステージの中心にある椅子に腰掛ける。

(……緊張するな)

 何せライブは初めてなのだ。不安がないと言ったら嘘になる。

(……大丈夫だ。今日のために、毎日練習をしてきたんだ)

 大丈夫だと自分に言い聞かせ、意識を集中させる。


『では、波多野光義さんの弾き語りをお聴きください!』

 司会の言葉に、息を吸い、指を――手を動かす。

 歌うのは、俺の大好きな曲。
 何度も、何度も繰り返し練習した曲。

 明るくも切ない歌詞が、俺の心とシンクロする。



 ――どうしたの?


 出会いは、雨が降っていた日だった。


 ――あなた、傘がなくてこまっているんでしょう?わたしがあなたをあなたの家までつれてってあげる!


 あいつは、両親と喧嘩した俺を、連れていってくれた。


 ――みーくん以外の人と相合傘をするなんてはじめてだな。


 ――みつよしってすてきな名前だね!



 ――わたしたち、また会えるかな?


 あいつの笑顔は、あいつの名前は、俺の中に消えずに残った。


 ――みつよしくんって、あの時会ったみつよしくん!?


 あいつと思わぬ再会をして。
 あいつは、変わらず笑っていた。


 ――みつよしくん、イケメンになったね!背も高くなって……なんかかっこよくなった!


 ――……私も……みつよしくんに出会えて良かった。


 ――みつよしくんは……そうだな、RPGでいう毎日便利なアイテムをくれる人かな。


 ――みつよしくんみたいな人がゲームにいたら、私は毎日会いに行くよ。


 ――……一人で食堂を使うのは初めてで、何だか落ち着かなくて……だから、波多野先輩に会えて良かったです。


 ――波多野先輩と一緒に食べるの、何だか楽しいです。


 ――さっきの試合、観ましたよ!波多野先輩、かっこよかったです!


 ――そんなことないです!波多野先輩、とってもかっこよかったです!みーくんよりも、かっこよかったかも……!


 ――……とにかく!波多野先輩はかっこわるくなんかないです!あの場にいた誰よりもかっこよかったです!!


 ――凄いです、波多野先輩……!私、感動しちゃいました!


 ――ありがとうございます、素敵な曲を聴かせて頂いて。


 ――波多野先輩もかっこいいですよ!


 ――いやいやいやいや、かっこいいですよ!!!!


 あいつとの――小糠との思い出が蘇る。
 その思い出を回想しながら、俺は歌い続けた。


 ……小糠。いや、みなこ。
 ありがとう、俺に恋を教えてくれて。
 俺にこの素敵な気持ちを抱かせてくれて。


 笑みを浮かべて、弦をはじく。
 ポロンポロン。俺の、好きな音。

 脳裏に浮かぶのは、一人の女の子。
 俺の、好きな笑顔――――



 ワアアアアア!!!

 歓声が上がり、大きな拍手の音が辺りに鳴り響く。
 椅子から立ち上がってステージの下を見ると、数人だった観客が増えていて、俺は喜びから満面に笑みを広げる。

 俺は、やったんだ。
 俺は、ライブを成功させたんだ。

「ありがとうございました!!」

 頭を下げた俺は、興奮に包まれながらステージを降りた。


 教室に戻った俺を待っていたのは、俺と同じく興奮した様子の級友達だった。

「波多野、凄かったぜ!」

「ウクレレって、あんな音が出るんだ~!」

「私もウクレレ始めてみようかな!」

 俺は級友達に笑い返す。

「あ、波多野、実名子ちゃんから伝言だ」

 級友の一人が俺に近付いて、耳打ちしてくる。

「中庭で待ってますだとよ」

 頑張れよ。肩を叩く級友に頷いて、俺は教室を出て中庭に向かった。


 中庭には、小糠がいた。
 俺を見た小糠は目を見開いて、恥ずかしげに俯く。
 俺は小糠に近付いて、彼女と向かい合う。

「波多野先輩、とっても……かっこよかったです」

 小糠が俯きながら言う。

「ありがとう」

 小糠に笑いかけると、彼女は顔を上げて真っ直ぐに俺を見る。

「私は、みーくんが好きです。でも……一番かっこいいなって思うのは、波多野先輩です……!」

「……そうか」

 喜びから笑みを深めると、小糠は頬を赤らめながら、言葉を紡ぐ。

「私は波多野先輩……みつよしくんのことも、好きなんだと思います。でも……まだ、整理がつかないから。私の気持ちがはっきりするまで、待って貰えませんか……」

「……ああ。俺は、いつまでも待つよ」

 きっと、その時はそう遠くはないだろう。
 小糠の――みなこの表情からそう確信して、俺はみなこに手を伸ばす。

「好きだ。みなこ」

 みなこの手を握りながら告げると、みなこは満面に笑みを広げる。

「私も……みつよしくんが好きです」

 みなこの笑顔に、みなこの言葉に、俺の胸が喜びに満たされる。
 みなこの――恋した人に触れながら、俺はああ、しあわせだなと目を閉じた。



end.