小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

あの日、俺はヒーローを想うヒロインに恋をした。

INDEX|11ページ/15ページ|

次のページ前のページ
 

「波多野先輩、海に行きましょう!」

 小糠がそんなことを言い出したため、俺は目を見開く。

(もしやこれは、デートってやつか!?)

 内心でガッツポーズすると、小糠は満面の笑顔で言う。

「みーくんと三人で!」

 俺は盛大に肩を落とす。

(ああ、どうせそうだと思ったよ……でもそこは二人にしてほしかった……)

 ずーん……と落ち込む俺に、小糠は不思議そうな顔をする。

「波多野先輩?」

「……あ、いや。そうだな、三人で海に行こう、三人ならきっと楽しいさ」

 楽しい訳ねぇだろ!
 俺の心の叫びは、小糠に届くことはなく。

「はい!私、その日が楽しみです!」

 無邪気に笑う小糠に、俺ははあ、と心の中で溜め息をついた。

「うーーみーー!!」

 海を見るなり河原はそう叫んで飛び込んでいった。
 餓鬼だな。そう思いながら河原の様子を眺めていると、ふふ、と小糠が笑う。

「みーくん、楽しそう」

 俺は横目で小糠を見る。
 水着姿の小糠も可愛らしく、オヤジのように鼻を伸ばしていると、小糠は不思議そうな顔をした。

「波多野先輩?」

「……あ、いや。小糠は泳がないのか?」

 小糠は眉を下げる。

「私、泳ぐのは苦手なんです。だからここで見ているだけでいいかなって」

「そうか」

 せっかく海に来たのに残念だな。

「俺、泳いでくるよ」

「あ、はい、いってらっしゃい」

 海に向かって歩き、海の中に体を入れると、ばしゃん!と勢いよく水が飛んでくる。

「波多野先輩、ずぶ濡れっすね!」

「河原……よくも!」

 河原に水を飛ばすと、河原も水を飛ばしてきた。
 ムキになって河原と水の掛け合いをし続ける。やがて疲れから座り込むと、河原は声を上げて笑った。

「波多野先輩って面白いっすね」

 ……そうか?
 首を傾げると、河原は不敵な表情を浮かべる。

「どっちが長く泳げるか勝負しないっすか?」

「……ああ。お前には負けねぇ」

 俺は立ち上がり、泳ぎ始める。
 河原も俺の隣で泳ぎ始めた。
 ひたすら腕と足を動かす。
 俺は、運動神経は人並みだ。だが、河原には――こいつにだけは負けたくねぇ!

「うおおおおおお!!!」

 泳いで、泳いで、泳いで。
 体力が限界に近付き、しかしひたすら泳ぎ続けて――

「はあ、はあ……」

 立ち止まり息を吐き出し、顔を上げると、少し離れた場所にいる河原の姿が視界に映った。

「俺の勝ちっすね」

 河原は嬉しそうに、得意気に笑う。

「あーあ、負けちまったな」

 悔しさから俺は眉を寄せる。

「でも、ちょっとの差だったっすよ。またやったらその時は分からないっす」

「……次こそはお前に勝つ!!」

 強く宣言すると、河原はニッと笑う。

「望むところっす。でも、次も俺は負けないっすよ」

 俺は河原に笑い返す。
 河原に負けたのは悔しいが、全力を出してライバルと戦えたことが清々しくもあった。

「小糠の所に戻るか」

「そうっすね」

 海から出て、小糠がいる場所を眺めた俺は、目を見張る。
 小糠の傍には三人の見知らぬ男達がいた。男達は小糠に何かを話していて、小糠は困ったような表情をしている。

「こぬ――」

「実名子!!!」

 河原が勢いよく小糠の元に駆け寄り、彼女の肩を抱く。
 小糠を守るように男達を睨み付ける河原の姿を呆然と見ていると、男達は興味を失ったような表情を浮かべて去っていった。
 河原が小糠の肩から手を離す。
 小糠は頬を赤らめていて、恥ずかしそうに河原を見ていて。

「…………」

 俺は二人がいる場所とは別の方向に歩き出す。

(やっぱりあいつは、小糠のヒーローなんだな)

 小糠を守った河原は、正直かっこよかった。
 素直に負けたと思った。

(……悔しいな)

 泳ぎで河原に負けたことも、小糠を守れなかったことも、悔しくて仕方ない。
 目的もなく歩き続けると、海の家に辿り着いた。
 俺は海の家の中に入り、かき氷を三つ注文する。
 出されたかき氷を一気に口に運ぶ。所謂やけ食いというやつだ。
 しかし三つのかき氷を食べ終えた時、痛みが俺の腹を襲った。

「あんちゃん、大丈夫か?」

 痛みに呻く俺を見かねた海の親父が声を掛けてくる。

「大丈夫です……いや、大丈夫じゃない、な……」

 海の親父は心配げに俺を見て、俺の腕を掴んで俺を二階に連れていった。

「暫くここで休んでな」

 俺は力なく頷き、畳の上に横になる。

(何やってるんだろうな、俺……)

 ライバルに負けてやけ食いして腹を下すなんてかっこわるすぎる。

(……何だか疲れたな)

 目を閉じると、睡魔が俺を襲った。俺はそれに抗わずに、意識を手放した。


 次に目を覚ました時、俺の視界には小糠の顔があって、俺は目を丸くする。

「こ、ここ小糠!どうしてお前がここに!?」

 小糠はにこりと笑う。

「波多野先輩を探していたら、この家のおじさんが二階で休んでいるって教えてくれたので、目が覚めるまで待っていました」

 ……ということは、小糠に俺の寝顔を見られたのか?

(うわ、なんか恥ずかしい)

 頬が熱くなって小糠から視線を逸らす。

「お腹は大丈夫ですか?」

「……あ、ああ、今は痛みはない」

「良かったです」

 小糠は今ホッとしたように笑っているのだろう。その顔を見たいが、彼女の顔を見ることが出来ない。

「……河原は?」

「みーくんはまた泳ぎに行きました」

 小糠を守るように彼女の肩を抱く河原の姿が浮かび、俺は目を伏せる。

「……河原はかっこいいよな。それに比べて俺なんて……」

 弱音を溢すと、小糠は少し沈黙して言う。

「波多野先輩もかっこいいですよ!」

「いや、かっこよくないよ」

「いやいや、かっこいいですよ!!」

「いやいやいや、かっこよくない!!」

「いやいやいやいや、かっこいいですよ!!!!」

 大声で言う小糠に呆気に取られ、ぷ、と俺は吹き出す。

「わ、笑わないで下さい!私は真剣にそう思っているんですから!!」

「ははは、悪い悪い」

 俺は小糠の頭に手を伸ばして、ぽんと撫でる。

「ありがとな」

 小糠は俺を見つめ――小糠の頬がカー、と赤く染まる。

「……い、いえいえいえ!どういたしましてです!」

 照れている様子の小糠に、俺は口端を上げる。

「小糠は可愛いな」

「かわっ……!?」

 小糠の顔が真っ赤になる。耳まで赤い。
 小糠の反応に、小糠への想いが溢れ出す。

「小糠……いや、みなこ。俺は――」

 俺は、お前のことが――――

「あんちゃん、大丈夫かい!?」

 不意に野太い声がしてはっとしてそちらを見ると、海の家の親父が俺達を見ていた。

「……ん?もしかして俺、邪魔しちまったか?」

 気まずげな顔をする親父に、俺はそうだよ!!と心の中で親父を呪う。

(……また告白しそこねたな)

 はあ、と溜め息をつくと、鈍感な後輩は不思議そうな顔をする。

(まあ、またチャンスはあるだろう)

 そう思うことにして、俺は内心で苦笑するのだった。