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海亀の浜

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2.思い出の浜



  【思い出の浜】
 
 あたしは懐かしい砂浜に戻って来た。
 もう十年以上も前のことだけど、あたしはこの砂浜で生まれたの。
 沢山のきょうだいたちと一緒に、頑張ってお母さんが卵を産むために掘った穴から這い出して、潮の匂いと月明かりを頼りに海を目指したの。
 でも、あたしたち海亀は陸の上じゃモタモタとしか動けないから、海にたどり着くまでは危険が一杯。
 しかも、その時はサンドバギーの轍って言う大きな落とし穴まであった。
 これを超えないと海にたどり着けない……みんな必死だったわ、でも、轍に嵌ってもがいてる孵化したばかりの海亀は鳥たちの格好の獲物。
 きょうだいたちがどんどんやられて行って、本当に怖かった……。
 
 でも、その時あたしたちを助けてくれた人たちが居たの、あたしもその人たちに轍の底から拾い上げてもらって、なんとか海までたどり着けた……。
 
 その時助けてくれた人たちの事はちゃんと憶えてる、その姿も、その声も、そして掌のぬくもりも……竜宮城なんて本当はない、でも、もしあったら恩返ししたいくらいの気持ちはすっと抱いてきたの。
 卵を産むためにこの砂浜を選んだのは、きっと心の奥底にその思い出を抱いてたから、きっと懐かしい匂いに誘われたから……。
 
 ♪   ♪   ♪   ♪   ♪   ♪   ♪   ♪

 あたしたち海亀の母親が上陸するのは夜。
 暗い砂浜に這い上がって、産卵のために穴を掘っていると、小さな明かりが近づいて来た。
 そして二人の人間の声……。

「あ、見ろよ、海亀が来てるぞ!」
「本当だ、嬉しいな」

 『嬉しい』? まさか卵を盗むつもりじゃ……でも、この声には聴き覚えがあるような……。

 その時、彼らは携えていたランタンを掲げ、あたしを覗き込んだ……。

 何てこと!? あの人たちだわ、あたしときょうだいたちを助けてくれた……随分時が経っているからそれなりに歳はとっているけど、見間違えるはずもない。
 この人たちなら安心……逆に鳥や獣から大事な卵を守ってくれそう……。
 あたしは安心して、懐かしい顔を見上げた。

「おっ、目が合ったよ」
「あの時の子亀だったりしてな」
「ははは、まさか」

 そのまさかよ……あの時は本当にありがとう、おかげであたしはこうして子孫を残せるまでに成長したの……。

「結局、あの時、子亀を拾って助けたのがきっかけだったな」
「ああ、そうだな、あの時は海の家のバイトに来てただけだったけどさ」
「結局、海と海の生き物が好きなんだな、俺たち」
「ははは、そうだな、水族館に就職するなんて考えてもいなかったよ」
「お前、後悔してるのか?」
「まさか……商社かなんかに就職してたら、今頃は世知辛い仕事に追われてストレスに押しつぶされそうになってたかも」
「俺もそう思うよ、給料はずっと良かっただろうけどな」
「でも、やりがいがある仕事だよ、海洋生物の保護ってのは、金には換えられないさ」
「そうだな」
「あの時さ、ひょっとしたら子亀が大きくなって恩返しに来るかも、とか言ったけど……」
「『情けは人の為ならず』ってね、俺たちがあの時の子亀に恩返ししなきゃいけないのかもしれないな」
「ああ、俺もそう思う……なぁ、もしこの母亀が本当にあの時の子亀だったら……」
「ああ、恩返しに来てくれたようなものだな」

 ああ、何て優しい言葉……あたしたち海亀が涙を流すのは体内の塩分調整のためだけど、今あたしが涙を流しているのはそのためだけじゃない……本当に嬉しいの、あなた方にまた会えただけじゃない、あたしの子供たちまで守ってくれようとしているんだもの……甲羅で覆われてるからお見せできないけど、感謝の気持ちで胸が一杯よ……。

「ごめんな、識別タグを甲羅につけさせてもらうよ」

 ううん、素敵なアクセサリー……それに、これがついていれば、あたしとわかるのよね? 卵を産みに帰ってくるのがあなた方への恩返しになるのなら、何度でも戻って来る……大事な卵だもの、あなた方に見守ってもらえるならば、これ以上の幸せってない……。

 ♪   ♪   ♪   ♪   ♪   ♪   ♪   ♪

「ははは、何度も振り返ってくれてるよ」
「ああ、何だか俺も名残惜しいよ」
「そうだな……お~い、またこの砂浜に戻って来てくれよな~」

 ええ、きっと戻って来ます、海の底に竜宮城はないけれど、ここがあたしにとっての竜宮城……きっと戻って来ますから、それまでお元気で……そして、私の赤ちゃんたちをよろしくお願いします……。

 そう願いながら、あたしは広い海へと泳ぎ出した……十年前と同じように……。
作品名:海亀の浜 作家名:ST