あなただけの歌
最後にエリスと会ってから、一ヶ月ほどが経とうとしていた。『エリスだけの歌』を聞かせてもらうと約束して以来、窓を開けていても少女の歌声は聞こえてこなかった。
ハッカはベッドの上で横になって過ごすことが多くなった。大好きな歌うたいの少年とも、もう久しく冒険をしていない。横になったまま窓越しに雲一つない空を見上げた。
いつの間にか浅い眠りについていたようで、ぼんやり目を覚ますと見慣れた看護師が点滴の確認をしているところだった。覚醒しない頭でそれを眺めていると、聞き覚えのある歌声がしてハッカは今度こそはっきりと目を覚ました。
慌てて窓のほうへ目をやる。窓は閉め切られていたが、それは確かに少女の、エリスの歌声だった。
「歌が聞こえる」
ハッカの小さな呟きで、看護師は彼が目覚めていたことに気づいた。
「歌?」
「女の子が歌ってるんだ」
「女の子……そういえば、前にこの部屋を使ってた女の子が、歌が大好きな子だったわね」
看護師はハッカと同じように窓の外を見つめながら、懐かしそうに言った。
「そうなんだ……」
今にも消え入りそうな声を道連れにしながら、ハッカは再び眠りへと落ちていった。
療養所の庭の一番大きな花壇の前でその少女は歌っていた。ハッカは少女の名前を知っていた。少女の名はエリスという。エリスは一度聞いたことのある歌をうたっていた。
「エリス、見て。ぼく自分の足で歩けるようになったんだよ」
ハッカは細い二本の足をしっかりと地面につけて、自分の足で立っていた。
「そう、良かった」
歌っている時と同じ美しい声でそう言って、エリスは微笑んだ。やはりこの少女は天使だったのだなと思いながら、ハッカも微笑み返した。
「エリスだけの歌を、聞かせてくれる?」
「……ええ」
二人の影が重なり、エリスの歌声が風にのって花を揺らした。
エリスの涙が一筋、ハッカの頬を伝い落ちた。