赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま 21話から25話
もちろん正調の『ならぬ節』も当然、披露される。
場所柄ゆえ、場と空気の中で、歌詞も舞いも即興的な変化を遂げていく。
民謡というものは、もともとそういうものだ。
即興の掛け合いの歌詞といい、カラリカラリと下駄を踏み鳴らしながら
一晩中踊り抜くという熱い気風は、会津に根付いた風習だ。
「小春も、こちらに来てからいっそう艶に磨きがかかりました」
舞の支度が整った市が、しなやかな姿勢をとったままうふふと笑う。
竿の調子をとっている小春が、『あら。なんのお話でしょう?』と
流し眼を見せる。
『だから。お前のその、とっても色っぽい眼差しのことですょ』
と市がやり返す。
舞扇を手にした市が、所定の位置で正座する。
「会津といえば、什の掟の『なりませぬ節』。
小春も応援に駆けつけてくれましたので、まずは舞をおひとつ、
披露いたします。
本日はどうしたわけか、舞にきわめて目の肥えたお客さまばかりが
揃っております。
市もいつになく、気合などが入っておりまする。
いえいえ、みなさまの前で本日舞が踊れるなど、冷や汗をかくどころか、
実に、身に余る光栄です」
シャンと、調子調べの1の糸が鳴る。
調律を終えた小春が姿勢を正して、伴奏の体勢につく。
手元に舞扇を置き、丁寧に一礼を見せた市が、2の糸が鳴るのを合図に
ツッと立ち上がる。早くも舞の世界に入りこむ。
(あ・・・表情が、一瞬にして艶やかに変わりました!)
空気が漂と変る中。先程までにこやかに微笑んでいた市が、
一瞬にして、妖艶な芸妓の横顔に変わる。
(う、美しい・・・)ゴクリと清子が、唾を飲み込む。
清子の瞳がおおきく見開かれる中、市の、女以上の舞がはじまる。
物腰といい、所作といい、動くたびに頭の先から足の指先まで、市から
凄まじいばかりの女の色香が、次から次へ、こぼれて落ちてくる。
(26)へ、つづく
作品名:赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま 21話から25話 作家名:落合順平