桟敷席
彼がレジで待っちゃってる……!どうしようコレ、行くしかないよね……。動揺を抑えてレジに向かう。
会計を済ませ、小さな包みを差し出した。
「あの……ケーキ屋さんにこんなものお渡しするのはヘンですけど」
「え?これって……悪いなぁ、ケーキ屋にまで義理チョコくれなくてもいいのに」
「……」
思ってもみない言葉に、何も言えずドアの外に出てしまった。でも、もう一度お店に戻って気持ちを伝えるような勇気は残ってなかった。
否定しなきゃダメだった。渡す時に好きですってちゃんと言わなきゃわからないよね。
--馬鹿。
ぐるぐるに巻かれ埋まった口元を抑えると、こぼれ落ちる言葉は白い息とともに、マフラーに吸い込まれていった。
大学に着くと同時に、二限目が臨時休講になったという連絡が来た。ぽっかり出来た時間をどう過ごそうか考えているうちに、うっかりお店に足が向かっていたらしい。この前の事があって、しばらく来れなかったのに、無意識って恐ろしい。合わせる顔がないって思ってたのに……。
……見つかっちゃった。
「ちょっと……二限目が臨時休講になっちゃったものだから……」
何となく、バツが悪くなって俯く。
「とにかく何か温まるものを……いつもの紅茶で良い?」
「はい……わぁ、いい匂いですね」
オーブンに入れたケーキが焼けている匂いが漂う店内へ入れてもらうと、縮こまっていた体から力が抜けるのがわかった。
用意してくれたミルクティーのカップで冷えてしまった指先を暖めていると、
「まだ生クリームとか仕込んでないんだけど……スポンジだけでも食べる?焼き立てだよ」
「いいんですか?」
開店前に入れてくれて、出来上がっていないケーキを食べさせて貰えるなんて特別な感じがして、店の奥へ向かう背中を見つめ口元が綻んだ。
「あら?これ……」
スポンジを盛ったお皿、そのフォークの脇に、小さな包みが添えてあった。飾り気のないスポンジに、上品なワイン色の包み紙の艶が、美味しそう。
「こないだのチョコのお礼にと思って」
はやる気持ちを抑えて包みを開けてみると、ユリの模様のカメオがついた繊細なピアス。お客さんに渡すには、高すぎる。
「こんな高価なものを……」
もしかして、期待していいの……?
「……最初のプレゼントならこれ位の値段のものがいいでしょうとか言われてさ……指輪とかも早すぎるって、ピアスがよろしいのでは?とか言うんだ、ユリの模様を選んだらさ、花言葉をご存知ですか?とか……」
目の前の彼の口からこぼれ続ける言葉は、小説の完璧ダーリンの台詞よりもずっと甘かった。
レジ横の台で書き物をしている目を上げてこちらに笑いかけてくる彼。
ピアスを贈る意味は……『いつもあなたと共にいたい 』
あの後彼が教えてくれたその意味を噛み締めながら微笑む。
今日も彼のそばのカウンターで。
彼のくれたピアスを揺らして。
この店の桟敷席は、私の指定席。