小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
御手紙 葉
御手紙 葉
novelistID. 61622
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

twinkle,twinkle,little star...

INDEX|6ページ/12ページ|

次のページ前のページ
 

little star



little star

 私は仕事帰りに炭酸水のペットボトルとおにぎりを二個買い、そのまま自宅のアパートへと戻った。すごく狭い部屋だけれど、そこにいるだけで自分自身を取り戻せるような、落ち着く場所だった。私は丸テーブルにレジ袋を置き、ラジカセの電源ボタンを押した。
 その瞬間、ペールギュントの朝が流れ出した。今は夜だけれどこれを聴くと、一日の疲れがすっと抜けていって、心の風通しが良くなるのだ。私はスーツを脱いでジャージに着替えると遅い夕食を摂った。今日もくたくたでこのまま眠ってしまいそうだったけれど、明日から三連休なので、今日は少し色々なことをやって気分転換したかった。
 私はノートパソコンを開いて、ネットを読み出す。宇宙についてのコラムを更新しているブログがあって、それを読んでいると私は楽しくて時間を忘れてしまうのだった。時折私生活の笑えるネタを網羅しながら、記事は進んでいき、「今日の夜空」という文句の後に、その夜空の写真がアップされていた。
 その美しい星の輝きに食い入るようにして見入っていると、ふとこんなコラムを書く習慣があったら、私も楽しいだろうな、と思った。元々文章を書くのは好きだし、高校時代には新聞に投稿していたこともあった。何度か掲載されたこともある。
 でも、今となってはそんなことは、私にとって関係のない物事になってしまった。私はもう既に他の仕事に就いているし、行き詰ってはいるけれど、そこで何とか頑張ろうともがいていた。
 曲がオーゼの死へと移ったところで、私はラジカセを消し、ジャージのまま立ち上がった。その上にウィンドブレーカーを羽織って部屋から出る。外には少し冷たい夜気が小さな風と共に私の頬を掠めていった。
 そっとジョギングしながら風を受け止めて、アパート前の住宅街の道を進んでいく。街灯の光だけがぼんやりと足元のアスファルトを映し出し、走っている私の影だけが湖面を跳ね回る妖精のように楽しげだった。
 通行人の姿はなかったけれど、コンビニは駐車場が並ぶ界隈にあるので、それほど怖いとは思わなかった。コンビニの前には一台も車が停まっておらず、若い男女が微かな声で言葉を交わし、笑い合いながらちょうど中から出てきたところだった。
 私は店内に入ると、もう少し何かを食べたいと思って肉まんとバームクーヘンを買った。そっと店から出てくると、先ほどまで誰もいなかった入口横のスペースに女の子がしゃがみ込んでいた。小さな体を丸めて座り込み、肩を小刻みに揺らせている。
 泣いているのだ、と私は気付いてしまった。見ると制服を着ていて、ふわふわした栗色のショートヘアーが彼女の涙で頬に張り付いていた。それでも、彼女は一言も泣き声を零さなかった。ただ顔を抑えて静かに泣いていたのだ。
 私は通り過ぎようと思った。でも、どうしても視線が彼女へと向かってしまう。その影がかつての私の姿と重なった。港さんに関係を断たれ、部屋の隅でしゃがみ込み、ずっとずっと泣いていた自分の記憶が蘇ってくる。
 そう考えてしまうと、もう立ち去ることはできなくなってしまった。
 私はふっと息を吐き、小さく微笑むと、彼女へと歩み寄っていった。彼女は声を上げて泣いているのではなかった。確かに何か言葉を零しながら、それでも懸命に涙を拭って堪えようとしている。
 その中に嗚咽が混じっているのがはっきりとわかった。彼女は本当に風のうなりに掻き消されてしまうような、小さな声で啜り泣いていたのだ。私は少し迷ったけれど、彼女の隣に座り込んでそっと肩を叩いた。
 彼女の呼吸が止まり、小さな顔をこちらに向けてくる。とても可愛らしい顔立ちをした少女だった。化粧は全然されていないのに、眉のなだらかな曲線は彼女に愛嬌を与え、小ぶりの鼻はショートケーキの上に乗った果実のように可愛らしかった。そしてその唇は薔薇の花びらのように鮮やかな赤で、わずかだけれど伝わってくる女らしさを感じさせた。
 彼女は涙を目にいっぱい溜めて、唇をすぼめて震えていたけれど、私が「大丈夫?」と囁くと、少しだけ肩の揺れが収まったようだった。小さくうなずくのがわかる。
「よかったら、これ食べて。あったかくて美味しいよ?」
 私はレジ袋の中から肉まんを取り出して彼女に差し出した。彼女は目を丸くして涙に濡れた顔を肉まんと私に交互に向け、大丈夫です、と掻き消えそうな声でつぶやいた。
「いいのよ、私、さっき夕食済ませてるから」
「でも……」
 私はくすっと微笑み、それじゃあ、と肉まんから紙を剥がし、それを二つに割った。彼女へと「はい」と片方を差し出す。
 彼女はぽかんと口を開けてその肉まんを見つめていたけれど、やがてそれを受け取り、目を瞑って咥えた。ふんわりとお肉の美味しそうな香りが漂い、私も釣られて肉まんを口に運んだ。
 二人で肉まんを少しずつ味わって食べ続けていると、彼女の強張っていた肩が少しずつ下がっていき、ふう、とやがて大きな吐息を零した。その頃には彼女も少し落ち着いたようだった。
 私は小さくうなずき、じゃあ、と軽く手を上げてその場を去ろうとしたけれど、そこで彼女が「あの」と疲れたような声で呼んだ。首を傾けて、何かしら、とあくまで穏やかな口調で聞く。
「私、失恋しちゃって……それで、堪え切れなくて泣いてしまって。普段人前で泣くなんてことないんですけど、今日はもう我慢できなくて、それで……」
 彼女は再び俯き、唇を噛み締めた。私は彼女の隣に座り込み、ゆっくりと背中を擦ってあげた。
「すみません、本当に……肉まんだけじゃなくて、こんなことしてもらって」
 彼女は声を震わせて苦しげな声でそうつぶやく。私は首を振って「私も経験あるわ」と言った。
「その時はもうどうしようもなくつらくて、何をする気も起きなかったの。ただただショックだったわ。でもね、人には色々な別れもあるけど、また出会いもあるのよ。すべてが糧となって、時間が経った時、あああんなことがあったな、と思い出せるようになるから」
「本当に、そんな時が来るんでしょうか」
 少女が小さな背中を丸めて、駐車場のブロックに腰かけたまま、爪先を見つめてつぶやく。私は「きっとね」と屈託なく笑った。
「それでも駄目なら、星空を見ればいいのよ。いつもいつも私たちって足元を見て、空の明るさとか美しさとか、雄大さを見ていないことが多いのよ。ふと空を見上げてみると、星が輝いていて、まあいいか、って思えてくる。そんなことだって、百回のうち、一回ぐらいあるのよ」
 彼女はそっと空へと首を向けて、星を仰いだ。都会の夜空には星々の光は霞んでいたかもしれないけれど、光だけはきっちりと彼女の心に届いたようだった。実際に、いくつかの星々が私達を見下ろしていた。
「私、どうやら百回のうちの一回にあたったようです」
 彼女はそう言って私へと振り向き、歯を見せて笑った。涙の後に青空を見たような、とても美しい雨上がりの笑顔だった。
「私、今だけは星空を見ることを忘れていました。いつも地学部で星空を観察していたのに、不思議ですね」
「あなたも天体観測が好きなの?」
「大好きです。宇宙に関する本、たくさん持っていますし、地学部では部長をやっています」