小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
御手紙 葉
御手紙 葉
novelistID. 61622
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

twinkle,twinkle,little star...

INDEX|4ページ/12ページ|

次のページ前のページ
 

 頭上へと視線を向けると、大きな大きな星空が広がっていた。どこまでも星々が散りばめられ、光がくっきりと闇の中に浮き上がっているのが見えた。
 父さんは早くもリュックから缶ビールを取り出して飲み始める。母さんも黙って空を見上げ、楽しそうにしていた。
 私はこうしてまたこの場所で観望ができることに、その嬉しさを噛み締めて星をじっと見つめた。こうして美しい夜空を見ることが、この街にいた頃はどんなに好きだっただろうか。
 小学生の頃は普段から友達の家族とここに星を見に来た。高校に上京してからなかなか観測地点に恵まれず、近くの博物館にプラネタリウムを観に行ってばかりいたのだ。
 考えてみれば、どんどん星から離れていく生活を送っていたのかもしれない。港さんと星を見に行ったことは一度もなかった。彼に自分の好きなことを話したこともなかった。やっぱり私達は本音で言い合うことがあまりにも少なすぎたのかもしれないな、とぼんやり思った。
 視界一杯に星の連鎖が続き、どこまでも光の流れが伸びていく。星図や星座早見盤を使いながら星々の美しいその姿を見て、私は感動していた。
 気付けば、シートに横になって大の字になり、星を見上げていた。
 ダイナミックに空が地上に迫り、大きな大きな宇宙にぽっかりと私の意識が浮かんでいるような、何もかも小さく、そして大きく感じられた。
 私の周囲で舞い上がる少しひんやりとした風が吹き抜ける度に、星々の声が遠く彼方から聞こえてくる気がした。昨日のプラネタリウムとは比べものにならない星の雨が私の体に降り注ぎ、大きな感情が膨れ上がっていくのを感じた。
 私の悩みなど、不安など、この星空の雄大さに比べればどうでもいいことだ。でも、それは間違いなく私にとっては大きなことなのだ。
 空の上をキラリと一筋の光が流れた。私はその流星を目にして、もう一度地に立って頑張ってみようと思った。だって、私にはまだできることがあるはずだ。恋人に見限られ、一人ぼっちの中でもやれるだけのことをやる資格はあるはずだ。
 精一杯やって、それでも駄目なら星を見上げればいい。体から重荷が崩れ落ち、ふわりと心地良い風が吹けば、きっと私の道も開けるだろう。
 私には帰る場所がある。星が見える限り、私の夢は終わらない。希望もどこかにきっとあるはずだ。
 それよりも、もっとシンプルに、すべてを放り出して笑ってしまえばいい。自分そのもので、壁に立ち向かっていこう。身一つでそれに当たって、素直に道を進めばいい。そうすれば、きっと――。
 私の頬を流れていく涙は、空にふわりと浮き上がり、星となって消えていく。私はその奇跡にいつまでも心を震わせ、宇宙に感動して、穏やかにありのままにその一時を過ごしていった。

 *

 翌日、正午過ぎに家を出る私は、母さんと固い握手をして、父さんとうなずき合ってから、最後に頭を下げた。
「私、本当にここに帰ってきて良かったよ。また歩き出せそうな気がしてきた」
 私がそう言って微笑むと、母さんは私を何も言わずにじっと見て、問い質すよりも表情から汲み取ることを選んだようだった。
「佐代がやりたいと思うことを精一杯やりなさい。佐代ならできるわよ」
 母さんは小さくうなずいて、私の肩をポンと叩いた。私にはそれだけで十分だった。こちらの意志が何を示すのかもうわかっているのかもしれない。私には母さんの言葉が最高のエールになったような気がした。
 父さんはいつものようにただにっこりと頬を緩めて笑っていた。けれど、「頑張れよ!」と突然大きな声を上げて私の背中を叩いた。私は思わず噴き出してしまい、目の縁の涙を払いながら小さく頭を下げた。
「本当にありがとう。今度帰ってくる時はイケメンのボンボンを連れてくるわ」
 二人は楽しそうに笑ってみせた。私はじゃあ、とつぶやき、スーツケースを引いて歩き出した。けれど、そこで母さんが「佐代」と呼びかけた。振り返ると、母さんが「星を見るのよ」とつぶやいた。
 私は小さく手を振って門の前に停まっていたタクシーに歩み寄って、運転手にスーツケースを入れてもらい、後部座席に座った。両親が手を振るのを横目に、タクシーが発進して、あっという間に見慣れた民家が遠ざかっていく。そこで運転手さんが振り向き、「休暇はいかがでしたか?」と言った。
 その優しい声音に、その顔をミラー越しに見ると、人の良さそうな笑みが浮かんでいた。彼は私の顔をちらりと見て、「実は」と言った。
「あなたがこの街に来る時、このタクシーに乗っていて」
 私はそこでようやく彼が一昨日の夜にあのタクシーを運転していた人だと気付き、少し驚いた。しかし、すぐに笑って、あの時はありがとうございました、とつぶやいた。
「私も最初、あの夜にあなたの顔を見て、驚いたんです。実は昔、この近辺に住んでいたので、言葉を交わしたこともありました。あの頃の面影が残っていたので、すぐに気付きましたよ」
 彼は本当に嬉しそうな顔でそう語り、軽快にハンドルを操作した。
「なんか顔が晴れやかになりましたね。この休暇でリフレッシュできたんじゃないですか?」
 私はうなずき、彼の横顔をじっと見て記憶を掘り起こそうとしたけれど、どうしても思い出せなかった。
「星を見たんです。そしたら、小さなことはどうでも良くなっちゃって」
「ここら辺は星が美しいですからね。また帰ってきた時、お顔を見れることを祈っています」
「ええ」
 タクシーは虫の声が反響する起伏の激しい道を進み続け、四方に見える木々の姿が徐々に遠ざかっていく。やがて橋を通過して、鮎釣りをしている人々を横目に見ながら田園の間を突き抜けていく。
 ふるさとの泥臭い、自然が剥き出した荒々しい風景を見ているうちに、ほんのりと寂しさが膨らんできた。雲一つない青空の下で緑が繁茂している姿をこの目で見れなくなると思うと、窓から身を離せなかった。
 やがて道は一本に合流し、駅へと直進していく。これから自分に迫ってくる数々の壁を思うと、ここから離れたくない、という強い想いが湧いてしまう。でも、自分一人でやってみようと決めたのだ。
 目を閉じて、ゆっくりと深呼吸する。そして次に瞼を開いてまっすぐ前を向いた時には、タクシーは駅のバスロータリーの反対側に停車していた。
 運転手さんはただ何も言わず、ルームミラーを見つめて微笑んでいた。私はちょっぴり恥ずかしくなり、慌てて財布を取り出し、支払った。
 外へと出ると、再び蝉の悲痛な叫び声が木霊しているのが聞こえてくる。私はスーツケースを受け取ると、それじゃあ、と頭を下げた。
「佐代さん」
 運転手がそう呼びかけ、私ははっと目を見開いて顔を上げた。
「どうぞ、つらい時があったら空を見上げて下さい。星を見れば、きっとこのふるさとを思い出しますよ」
 そう言って彼は礼をし、タクシーに乗ってすぐに発進していった。
 私はしばらくそこから動けなかったけれど、やがて空を見上げて小さくうなずいた。
 私には変わらぬこの故郷がいつだって目の前にあるじゃないか。
 あの星々の輝きを忘れなければ、きっとまた元の場所に戻ってこれるだろう。