熱帯円盤
耳を澄ませば、「それ」から「ヒューヒュー」と「ジジジジ」が混じったような不気味な音が発せられている。ここは呪われた場所なのだ。興味本位などで来てはいけない場所だったのだ。常識では考えられない状況にいることを改めて認識し、私は立っていられる最後の気力を使い果たし、その場に座り込んだ。
目はさっきよりも慣れてきていて、それがよく見えてきた。それは皿を上下に合わせたようなカタチをしていて、目の錯覚だろうか、どこか脈動しているかのようにも見える。いや錯覚ではない、それはまるで生き物のように、ゆっくり脈動しているのだ。
私は知ってはいけない事を知ってしまったのかもしれない。
いまさら後悔しようにも取り返しがつかないが、
少し気を緩めると、
その抗しがたい“理解”に手を伸ばしてしまいそうで、
気が狂いそうになるのだ
唐突に、この植物園を作った狂った植物学者、有瀧龍雄が生前残したの未完の書『死者と熱帯』の最後の一文を思い出した。
もともと動物学者だった有瀧が熱帯の植物の研究に手を染めたのは、アルフレッド・R・ウォレスの足跡を訪ねたマレー諸島旅行からだった。その後、研究は滅裂さを増していき「植物と会話ができる」「植物は死者との交信を媒介する」という特異な研究を学会に提出し、やがて学識者には相手にされなくなった。そして、ついには私財をなげうってこの私設植物園を建設したのだ。晩年は生命の根元の力について譫言にように語っていたとも伝えられている。
有瀧は知っていたのだろう。いや、彼が作り出したモノなのかもしれない。微かにまた光りだした――なんだアレは!こんな、こんな、これじゃまるで淫売じゃないか・・・これ以上正気が保てるかわからない。濡れた唇が、汚らしく唾液を垂らしながら私を、私を、犯そうとしているのか。この悪夢のような光景をどう言い表せばよいのだろう。私は完全に間違っていた。それは、奴は、機械でも生き物でもない・・・穴だ、「生きた穴」だったんだ。そして光っていたのは――。