新作落語 『落語の王国』(改稿版『粋と笑いの王国』)
2.粋と笑いの王国(落語の王国・改稿版)
「先輩、ここっすか、一般社団法人落語協会プロデュースの『粋と笑いの王国』って」
「そうだよ、まぁ、『夢と魔法の王国』に比べるとちょっとしょぼいけどな」
「テケツ売り場?……先輩、テケツってなんですか?」
「寄席じゃチケットをテケツって言うんだよ」
「ああ……なまってるんすね? 売り場も変わってますね、木の格子がはまってて、わぁ、中に着物のきれいなお姉さんがいるんだ……なんか着物の着こなしが変わってますね」
「衿抜きって言ってな、ああやって着物を緩く着てうなじを見せるんだよ」
「色っぽいなぁ……あれ? でもどこからテケツ買うんすか? 窓口ないっすけど」
「そこに金を置いてみな」
「こうですか?」
『ようこそおいでくんなまし』
「わっ、先輩、今のなんすか?」
「長キセルって言ってな、花魁が使うキセルなんだよ」
『どうぞごゆるりとお楽しみくんなまし』
「ほら、テケツとつり銭も長キセルで押し戻してきたろ?」
「へぇ~、ちょっとドキドキしますね」
「入るぞ、案内してやるから着いて来いよ」
「お願いします……格子が嵌まった建物が並んでますね」
「ここは吉原エリア、落語に良く出て来るんだよ、吉原が」
「へぇ~、こんな感じだったんすか……いいっすねぇ、先輩、喫煙所って書いてありますよ」
「お前、煙草吸うか?」
「ちょうど吸いたかったんすよ」
「じゃ、ちょっと寄って行こうか」
「え? 一服三百円って……金取るんすか?」
「ただの喫煙所じゃないんだよ、見てろよ……よう、おいらん、一服つけてくんねぇか」
『まあ、この人は様子が良いよ、一服だけなんて言わないで登楼ってらっしゃいな』
「すまねぇがそうも行かねぇんだ、今日はこいつの案内でな」
『まあ、上手いこと言って、よそで浮気して来るつもりでしょ、いいわ、ツバつけとくから……はいよ、おまいさん』
「おう、すまねぇな……スパッ、スパッ……ありがとよ、また来らぁ……どうだい? こういう趣向は」
「姉さんとキセルで煙草の回しのみっすか! 間接キッスっすね、貰います貰います……うわ~、うっすらと紅がついててドキドキしますね……ぷは~、先輩、これいいっすね!」
「そうだろう? ほら、通りを見てみろよ」
「わぁ、なんすか? あれ」
「おいらん道中だよ、豪勢なもんだろう?」
「おいらん、きれいっすねぇ……」
「あれはな、このテーマパーク一番のスターで高尾太夫ってんだよ」
「もっと間近で見たいなぁ」
「見られるよ」
「そうなんですか?」
「みやげ物でな、藍染めの店があるんだよ、そこへ行けば普段は売り子をやってるよ」
「え? どういうことっすか? それ」
「まあ、元ネタを知らねぇとわかんねぇだろうけどよ」
「俺、俄然落語に興味出て来ましたよ、これから色々勉強します」
『ああ、そこの人、ああ、あんただあんただ、物を食いながら歩くんじゃないよ、落っことすでしょうが、ンとにもう物がわからないんだから……ああ、そこの女将さん、胸が開き過ぎですよ、もう見たがる野郎もいやしないんだからちゃんとしまっておきなさいよ』
「なんか口やかましい爺さんですね」
「ああ、あれは警備員だよ、余計なことまでやたらと口をはさむけどな」
「塀のところで座ってる人がいますね、何か売ってるみたいですけど」
「ああ、あれは道具屋、覗いてみるかい?」
「面白そうっすね……なんだこりゃ、まともなものはひとつもないや、この三脚なんか二本脚じゃないか、道具屋さん、これじゃ使い物にならないだろ?」
『そんなことないよ、塀ごとお買いなさいな』
「え? 先輩、この人何言ってるんすか?」
「おいおい、あんまり深入りしないほうがいいな、特にその笛には気をつけろよ」
「え? どういうことですか?」
「ま、面倒なことには頭も指も突っ込まないことだな」
「わかりました……突き当たりは川なんですね、人だかりがしてますけど何でしょうね」
「おおかた土左ェ門でも上がったんじゃないか?」
「土左ェ門って水死体っすか? それって一大事じゃないっすか」
「違うんだよ、あれもストリートパフォーマンスでさ、観客参加型の……ところでよ、あの土左ェ門、お前に似てないか?」
「よして下さいよ、縁起でもない」
「だめだめ、それじゃ参加できないな、そう言われたら確かに自分だと驚かねぇと」
「……勉強します……船が浮かんでますね」
『♪夏の~涼みは~両国の~ チンチンチン』
「船頭さんがなんか歌ってますよ、上手いっすね」
「船頭は元若旦那でな、元手がかかってるんだよ」
「でもさっきから同じところをぐるぐる廻ってますけど」
「あそこで三回廻ってひっくり返ることになってるんだ」
「溺れちゃうじゃないっすか」
「大丈夫なんだよ、膝っこぶまでしかないから、でもちゃんと溺れたふりしなきゃいけねぇんだぜ」
「参加するのも大変なんっすね……橋のたもとにも人だかりしてますね」
『手前これに取り出だしましたるはガマの油、ガマはガマでもそこにもいるここにもいるというガマとはガマが違う……』
「先輩、ガマの油って何すか?」
「まあ、怪しげな膏薬だな、パフォーマーは腕が傷だらけになって中々大変なんだぜ、橋の向こうに行ってみるか? 乗り物もあるぜ」
「そうなんっすか? 行ってみましょうよ」
「そうするか……おい、欄干に寄りかかってみな」
「え?……こうですか?……」
『おい! 早まっちゃいけねぇ! この五十両やるから飛び込んじゃいけねぇ!』
「わっ、びっくりした!……先輩、今の何すか?」
「欄干に寄りかかってるとな、身投げと間違えられるんだよ」
「これも観客参加型パフォーマンスですか」
「無理矢理参加させられるんだけどな……ほら、こっち側はまた様子が違うだろう?」
「そうっすね、あれジェットコースターですか? 小さいですね」
「小さいけど迫力あるんだぜ」
『オラオラオラオラオラオラ!』
「え~っ! コースター、人力なんっすか!」
「そうだよ、でも速いだろう?」
「あ、危ない! 線路に土管が落ちてますよ!」
「大丈夫なんだよ、見ててみな」
『オラヨッ!』
「わっ、跳び上がった!」
「あれはな、乗ってる人も一緒に跳びあがらないとけねぇんだよ、なかなか大変なんだぜ、年齢制限五十歳以下だな」
「普通は下で切るんですけどね……メリーゴーラウンドもありますね、あっちはのんびりしてて良いですね……でもやっぱりちょっと変わってますね」
「そうだな、廻ってるのが駕籠とか人力車とかだもんな」
「馬もありますけど、後ろ向きですね、後ろ向きに乗るんっすか?」
「そうじゃないんだよ、あれはちょっと上級者向きでな、前向きに乗って首がない、首がないって騒がなくちゃいけないんだよ」
「でも前向きの馬も……そうじゃないですね、あれ、らくだっすね、どうしてらくだがメリーゴーラウンドに?」
「まあ、あれもちょっと上級向けだな、らくだは前足を上げてるだろう?」
「そうですね、乗り難そうだな……」
「そうじゃねぇんだよ、あれはらくだを担ぐふりして廻るんだよ」
「そうなんすか?……勉強します……音楽も変わってますね」
「かんかんのうだよ、一時期流行ったらしいな」
作品名:新作落語 『落語の王国』(改稿版『粋と笑いの王国』) 作家名:ST