新作落語 『落語の王国』(改稿版『粋と笑いの王国』)
1. 落語の王国
「先輩、ここっすか『落語の王国』って」
「そうだよ、まぁ、ねずみの王国に比べるとちょっとしょぼいけどな」
「ゲートが変わってますね」
「ゲートじゃなくて、ここじゃ大門って言うんだよ」
「チケット売り場も変わってますね、木の格子がはまってて、中に着物のきれいなお姉さんがいるんっすね……なんか色っぽいな」
「衿抜きって言ってな、ああやって着物を緩く着てうなじを見せるんだよ」
「って言うかほとんど肩が出ちゃってますね」
「ま、あれはちょっとやりすぎだな」
「チケット、どこから買うんですか?」
「そこに金を置いてみな」
「こうですか?……わっ、先輩、今のなんですか?」
「長キセルって言うんだよ、ほら、チケットとおつりも長キセルで押し戻してきたろ?」
「なんか、ちょっとドキドキしますね」
「それはそうと、半券は大事に持ってろよ」
「再入場とかできるんですか?」
「それもあるけどよ、番号がふってあるだろ?」
「『子の千三百六十五番』……これですか?」
「いい番号じゃねぇか、閉園間際になると突き札があるからよ」
「何すか? それ」
「富くじだよ、当ると千円もらえるんだ」
「宝くじみたいなもんっすか?」
「まあ、そうだな」
「へぇ~……先輩、あんな所に喫煙所がありますね」
「お前、煙草吸うか?」
「ちょうど吸いたかったんすよ」
「じゃ、ちょっと入ろうか」
「え? 一服三百円って……金取るんすか?」
「ただの喫煙所じゃないんだよ」
「あ、ここにも色っぽい姉さんが……」
「こうやって頼むんだよ……よう、おいらん、一服つけてもらおうじゃねぇか」
「あいよおまいさん……スパッ、スパッ……どうぞ……」
「おう、すまねぇな……どうだい? こういう趣向は」
「姉さんがキセルに火をつけてくれて回しのみですか」
「これで三百円なら安いだろ? お前もどうだ? 格別だぜ」
「間接キスっすね、貰います貰います……ぷは~、先輩、いいっすね、ここ」
「そうだろう? ほら、外を見てみろよ」
「なんすか? あれ」
「おいらん道中だよ、豪勢なもんだろう?」
「おいらん、きれいっすねぇ……」
「あれはな、このテーマパーク一番のスターで高尾太夫ってんだよ」
「もっと間近で見たいなぁ」
「見れるよ」
「そうなんですか?」
「みやげ物でな、藍染めの店があるんだよ、そこへ行けば売り子をやってるよ」
「何すか! それ」
「まあ、元ネタを知らねぇとわかんねぇだろうけどよ」
「勉強しまっす、俺……」
「ああ、そこの人、ああ、あんただあんただ、物を食いながら歩くんじゃないよ、おっことすでしょうが、ンとにもう物がわからないんだから……あ、そこそこ、今紙くずを落としましたよ、ちゃんと拾って……そうそう、ちゃんとくずかごに捨てなきゃいけませんよ……」
「なんか口やかましそうな爺さんですね」
「ああ、あれは警備員だよ、ちょっとめんどくさいな」
「あの人、あそこでただぼ~っと立ってますけど」
「ああ、あれは与太郎」
「何をやってるんすかね」
「聴いても無駄だよ、『立ってるんです』としか言わないから」
「わっ、何すか、これ、聴くに耐えない声ですね」
「ああ、これは浄瑠璃、ああやって素人が軒下で人に無理矢理下手な浄瑠璃を聞かせようとしてるんだよ」
「酷い声っすね、先輩、ここ出ましょうよ」
「そうだな、あんまり聴いていると体に悪いからな」
「……突き当たりは川なんですね、人だかりがしてますけど何でしょうね」
「おおかた土左ェ門でも上がったんじゃないか?」
「土左ェ門って、水死体っすか? それって一大事じゃないっすか」
「違うんだよ、あれもストリートパフォーマンスでさ、観客参加型の」
「観客参加型って……」
「あの土左ェ門、お前に似てないか?」
「よして下さいよ、縁起でもない」
「だめだめ、それじゃ参加できないな、そう言われたら確かに自分だと言わねぇとな」
「……勉強します……船が浮かんでますね、でもさっきから同じところをぐるぐる廻ってますけど」
「船頭は元若旦那でな、あそこで三回廻ってひっくり返ることになってるんだ」
「溺れちゃうじゃないっすか」
「大丈夫なんだよ、膝っこぶまでしかないから」
「でも濡れちゃうよなぁ……橋のたもとにも人だかりしてますね」
「ああ、あれはガマの油を売ってるんだ」
「ガマの油って何すか?」
「まあ、怪しげな膏薬だな、パフォーマーは腕が傷だらけになって中々大変なんだぜ、橋の向こうに行ってみるか? 乗り物もあるぜ」
「そうなんっすか? 行ってみましょうよ」
「そうするか……おい、欄干に寄りかかってみな」
「え?……こうですか?……」
「おい! 早まっちゃいけねぇ! この五十両やるから飛び込んじゃいけねぇ!」
「わっ、びっくりした!……先輩、今の何すか?」
「欄干に寄りかかってるとな、身投げと間違えられるんだよ」
「これも観客参加型パフォーマンスですか」
「無理矢理参加させられるんだけどな……ほら、こっち側は随分と広いだろう?」
「そうっすね、あれジェットコースターですか? 小さいですね」
「小さいけど迫力あるんだぜ」
「オラオラオラオラオラオラ!」
「コースター、人力なんっすか!」
「そうだよ、でも速いだろう?」
「あ、危ない! 線路に土管が落ちてますよ!」
「大丈夫なんだよ、見ててみな」
「わっ、跳び上がった!」
「あれはな、乗ってる人も一緒に跳びあがらないとけねぇんだよ、なかなか大変なんだぜ」
「命がけっすね……メリーゴーラウンドもありますね、あっちはのんびりしてて良いですね……でもやっぱりちょっと変わってますね」
「そうだな、乗るのは駕籠とか人力車とかだもんな」
「馬もありますけど、後ろ向きですね、後ろ向きに乗るんっすか?」
「そうじゃないんだよ、あれはちょっと上級向きでな、前向きに乗って首がないって騒がなくちゃいけないんだよ」
「でも前向きの馬も……そうじゃないですね、あれ、らくだっすね、どうしてらくだがメリーゴーラウンドに?」
「まあ、あれもちょっと上級向けだな、らくだは前足を上げてるだろう?」
「そうですね、乗り難そうだな……」
「そうじゃねぇんだよ、あれはらくだを担ぐふりして廻るんだよ」
「……勉強します……音楽も変わってますね」
「かんかんのうだよ、一時期流行ったらしいな」
「あそこでなんか的当てみたいなのをやってますね」
「ああ、あれはかわらけ投げ」
「よっ、若旦那、様子がいいでげすね、もう、あなたってものは、女がうっちゃって置きませんよ、もうっ! この女殺し……」
「え? 誰?」
「あれはな、野幇間」
「野幇間って何っすか?」
「まあ、勉強しろよ、だけどさ、あれを構っちゃいけねぇぜ、昼飯奢らされるからさ」
「そ、そうなんすか?……昼飯って言えば腹減りましたね」
「そうだな、ちょうど時分どきだな」
「なんか汚~い店がありますけど」
「ああ、それは鰻屋、パッサパサの鰻食わせるんだ」
「パッサパサの鰻? 食いたくないっすね」
「まあ、中には話のネタに食ってみる人もいるんだよ」
「あの風鈴をぶら下げて歩いてるの何っすか?」
「ああ、あれは蕎麦屋」
「蕎麦屋? 屋台っすか」
「一杯百六十円だよ」
「安いっすね」
作品名:新作落語 『落語の王国』(改稿版『粋と笑いの王国』) 作家名:ST