貴方に逢えて
1
鏡の前
奮闘する事
15分
どう足掻いても
跳ね上がる髪
寝癖直しのスプレーすら
手に追えない
根性の入った寝癖
唸る事 2分
聞き慣れた
朝の占いコーナーの音楽に
慌てふためき
化粧っ気のない顔のまま
家を飛び出した
目覚まし時計を
30分 早くすれば
こう忙しくならないのだが
30分の余裕が
二度寝の誘惑に
負けてしまう
高校を卒業すれば
少しは 色気づいてくると
思っていたが
的は 見事に外れ
動き易さを重視した
短髪の髪
TシャツにGパン
まさか中学生の風貌へ
逆戻りするとは
麻衣自身も
想像していなかった
一時 髪を肩まで伸ばしてみたが
結局 ひっ詰めて束ねてしまう
時間を掛けて
メークを施しても
誰が褒めてくれる訳でもなく
基礎化粧程度が
丁度いい
下手気に化粧などして
化粧崩れを気にしながら
仕事など出来る訳もなく
随分前から諦めより
開き直りに近い
雨晒しの自転車は
ブレーキ音を掻き鳴らし
ギシギシと軋む
ペダルを踏み込めば
信号待ちの車を横目に
追い越してゆく
狭い路地を掻い潜り
通い慣れた会社まで
風を切って走れば
跳ね上がった寝癖など
スッカリ忘れてしまえる
会社の看板が見え
一気に加速する自転車
「今日も一日 頑張りますか!」
悶々と格闘した寝癖まで
元気に弾んでいる気がした
相変わらず
乱雑に並べられた
ママチャリの隙間に
自転車を押し込み
鉄製の裏階段を登ると
珍しく事務所から
活気に満ちた声が聞こえた
麻衣は 事務所のドアを
ゆっくりと開け
壁に掛かったタイムカードを押し
声のする事務所の奥へ
身を乗り出す
年輩のパートさんが
妙に浮かれて
笑い声を発している
「おはようございます」
麻衣の声に振り向いたパートさんの横に
見覚えのない若い男性の姿があり
自己紹介をする前に
「おはようございます」と気さくに挨拶され
麻衣は愛想よく笑顔を作る暇もなく
「どうも」
気の抜けた返事を
返していた
麻衣の仕事は
軽肉体労働
引越し業者だ
浅黒く日焼けした
若者は 人懐っこいのか
パートのオバサン達とも
早々と打ち解け
すでに”恭一君”と
名前で呼ばれている
それでも
チャラチャラした男に
見えないのは
パートさん達との会話が
無意味な話ではなく
成立しているからなのだろう
何年も同じ職場で
働いている麻衣は
パートさん達と話をしても
年齢の差ばかり感じてしまい
愚痴を聞き流す程度に
曖昧な会話しか
していなかったからだ
正直に言えば
同じ給金を貰っていても
理不尽に思える事が ある
”若い子が いると助かるわ”
そんな 褒め言葉の裏には
年老いた肉体を翳し
少しでも 楽をしようとする感情が
見え隠れする
”腰が痛い”
”腕が痛い”
軽肉体労働とは言え
細々とした梱包から
多少の重量が掛かる梱包
仕事が終わると
シャキシャキと歩いて帰宅するクセに
現場に出ると
急に容態を崩すパートさん達には
遣り切れない不満すら感じていた
そして 何よりも
麻衣が腑に落ちないのは
散々 仕事を押し付けて
”まだ若いのに
他にも沢山仕事もあるでしょう”
若い従業員がいて
助かると言いながら
引越し屋などで働く事はないと
職種を見下した意見には
納得がいかず
苦笑するしかなかった
「この仕事 好きですから」
些細な抵抗
実際 体を動かすのが
嫌いではない麻衣にとって
事務職に憧れはなく
果と言ってバイト的に
スーパーのレジを打つ気もない
正社員として配属が決まった時は
僅かばかり胸が弾んだものだ
黙々と作業をこなす
業務内容も気に入っている
工場のベルトコンベアの前で
同じ作業を永遠と続けるより
作業内容は同じだとしても
依頼主の部屋は
どの部屋も同じではなく
生活感のある食器ひとつひとつが
違って映る
どう梱包しようかと
考えながらの作業は
麻衣にとって面白味があった
気に入って働いている職種だけに
パートさん達の小遣い稼ぎと
一緒にされるのは
あまり好きではなかった
新人”恭一”は
年齢も経験も
麻衣の後輩になる
恭一は体育会系らしく
正社員でもある麻衣を
軽視する事はなく
違和感も抱きもせず
”麻衣先輩”と呼んだ
実際 引越し現場に出てしまえば
重量班の恭一とは
作業内容も違ってくるが
解らない事など
率先して質問する態度は
今時の若者にしては
珍しい光景に映った
小さな引越し業者だけに
従業員の年齢層は
比較的 高い
三十代の男性も
少なくはないが
殆ど 所帯持ちであり
会社が催す飲み会の席も
仕切りたがるパートさんを中心に
ワイワイと騒ぐだけのもので
恋愛に発展するような
胸が高鳴る事はなく
恋愛に対して
興味を失い掛けていた麻衣にとって
”恭一”の出現は
僅かばかり
違和感を覚えていた