【G】
一枚の紙切れ
囲まれた
ブロック塀
工場へ続く道
見えない境界線に
煙草を踏み潰し
擦り切れた
Tシャツの襟元に
腕を刺し入れ
肩を掻き毟る
振り返らない
彼の背中を
眺め
髪を掻き毟った
誰にも
擦れ違わない
錆びれた路地
舗装された
コンクリート
亀裂する路肩に
埋もれる雑草
アパート脇に
取り付けられた
鉄のポスト
『一通の封書』
僕宛の書類
地元の役所から
届けられた
住民票
折り曲げて
握り絞めた
壊れた洗濯機
唸りながら
機体を揺すり
漏れる水が
通路を流れ
滴り落ちる
ブザーの鳴らない
洗濯機の横に
座り込み
固体化する
粉洗剤を
指で砕く
脱水槽へ
移す迄の
退屈な刻
歪んだ針金ハンガー
濡れた服を着て
壁際に並び
皺を寄せたまま
掌で叩くと
微弱な飛沫を
撒き散らす
垂れ下がり
捻くれる袖口
嘲笑うように
汚れを残し
清楚な匂いだけを
自慢気に漂わす
汗塗れのTシャツを脱ぎ
勝ち誇る洗濯物に
投げ突けた
追い焚きの
操作が解らず
冷水を浴び
蕩けた石鹸を
指先で掬う
泡立たない髪が
ゴア付き
掻き毟った
傷痕を刺激する
指先を重ね
透明の膜を張り
息を吹き掛けると
数秒膨らんだ膜が
シャボン玉に成らず
砕け散った
床に堕ちる雫が
不規則な点を描き
折り曲げた
封書の判が
黒く滲む
吸収力のない
乾いたタオルで
水滴を拭き取り
封書を抓み上げ
裸体のまま
ベッドへ潜り込み
開封せずに
枕の下に隠した
浅い眠り
妄想と幻想
夕刻過ぎの
薄らぐ暗闇
探し求めた
靴音が踊り場で
微かに止まり
洗濯槽の蓋を
閉じる音が鳴る
伏せた瞼で
気配を感じながら
迷いの渦と格闘し
枕を握り絞めた
軋むベッドが
緩やかに沈み
撫上げる指先が
髪を絡め
冷たい掌で
腕を摩り
首筋に鼻を添わせ
匂いを嗅がれる
「いい匂いだ」
震える心臓が
怒涛の如く
血液を噴射し
鼓動を乱す
一瞬で
言葉に溺れた
背後から
抱き寄せられる
他愛ない愛も
背中に感じる
温もりの意味も
全部 僕は
知っていた
必要なのは
僕ではなく
依頼通り
取り寄せた
”住民票”
一通の書類に
敗北する
『一通の封書』
紙切れ一枚
引き裂けば
勝てるのだろうか
火を放ち
燃やしてしまえば
勝てるのだろうか
燃え尽きた
灰と化した書類に
何が残るのだろう
偽りの愛も
灰になる
僕の存在価値も
廃棄された
葡萄の絵より
穢れた愛に
染まる
掌に包まれた
歪な石
「見つけてきてやった」
真実の嘘
偽りの愛にも
騙される
これが
僕の愛
紙切れと石を
交換しよう
僕も石と同じ
拾われた者