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circulation【4話】緑の丘

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 それ以前も延々と部屋の片隅に座り込んでいたし、体力はそうとう落ちているようだった。
「スカイ、ラズが外に出たりするときは手伝ってあげるのよ」
「おう」
 それだけ指示をすると、デュナはすたすたと自室に戻ってしまった。
 宿題が山ほどあるらしい。
「スカイ君は無いの? 宿題」
「ある。けど後でいい」
 淀みなく言い切られて、そういうものなんだ……と納得する。
 自分は今まで学校に行ったこともなければ、
 そんな風に宿題を貰うこともなかったので勝手が分からなかった。
「デュナお姉ちゃんは、お勉強とかあっという間に出来ちゃうんだと思ってた……」
 ぽろり。とこぼした言葉に、部屋の窓から外を確認していたスカイが振り返って言う。
「ねーちゃんはすごいよ。宿題だって、学校で済ませちゃうことも多いしさ」
 やっぱりそうなんだ。
「けど、ラズが寝込んでからずっと、夜とかもちょこちょこ様子見に来てたみたいだし、それで溜まっちゃったんじゃないか? 宿題」
 私の事が心配で、勉強が手に付かなかった……なんて
 なんだかデュナらしくないというか、ちょっとイメージできないけど……。
「それよりさ、外行かないか? 体動かした方がいいんだろ?」
 スカイが窓の外を指して、瞳を輝かせながら言う。
 外はとてもいい天気で、ゆるやかな風がサワサワと木々を揺らしている。

 ついさっき、寝てなきゃダメだって布団に押し込んだくせに……と思いつつも、私はその提案に笑顔で頷きを返した。

 スカイにはどうやら私を連れて行きたい場所があるらしく、久しぶりに自分の体重を支える両足に不安を感じつつも、ゆっくり後ろをついて歩く。
 今日は本当にいい天気だ。
 眩しい日差しに照らされて、歩いているとじんわり汗ばむほどだったが、涼しい風がそよそよと優しく吹き続けていて、不快になる事はなかった。
 あの日、スカイに手を引かれて歩いた方とはまったくの逆方向だった。
「もうすぐ着くからな。ここを登ったら……」
 そう言って、前を歩くスカイが道を開けて示してくれたのは、とても急に見える坂だった。
「うわぁ……ここ、登るの……?」
「疲れたなら一回休むか?」
 どうやら、スカイには登らないという選択肢は無いようだ。
「うん……」
 しょうがなく、その場で座り込む。
 周りを見回しても、椅子になりそうな石だとかそういうものは無いようだった。
 お日様にぽかぽか温められた草は、元気いっぱいで、ズボンの上からでも、お尻がちくちくする。
 まあ、湿った地面でぐっしょりするよりはいいけど……。

 私は、冒険生活だった為いつもパンツスタイルなのだが、デュナやフローラさんはいつ見てもスカートをはいている気がする。
 こういう時困りそうだな……。
 ああ、けどデュナだったらスカイを椅子にしたりするのかも知れない。
 さらりと酷い想像をしてしまってから、やっぱりデュナならやりかねない。と小さく頷く。
「足……辛いか?」
 ぺしょんと座ってしまったっきり、俯いたままだった顔を上げると、スカイが心配そうに覗き込んでいた。
「うーん……ちょっとだけ……」
 家を出て、まだ5分も歩いてはいなかったけれど、正直足は思った以上にがくがくしていたし、背中や肩も痛かった。
 そうっとふくらはぎを擦る。
「お、お、俺が、負ぶってやっても、いい、ぞ……」
 なんだか最後の方は消え入りそうだった申し出に、もう一度顔を上げると、スカイはあらぬ方向を向いていた。
 ……私に言ったんだよ、ね?
 一応聞いてみよう。
「誰に言ってるの?」
「お前だよっ!!」
 と、怒鳴るスカイは相変わらずこちらを見ない。
 怒鳴り声に一瞬ビクッとしたものの、なんだか大分慣れてきたように思う。
 お前と言われると困るんだけど、私……だよね?
「いいよ。スカイ君私より背低いし。大変だよ」
 スカイは小さな頃から、ひとつ年下の私より背が低かった。ほんの少しだけれど。
 それでも、大人達に囲まれて育った私から見て、スカイはとても細くて小さな男の子だった。
「……低くない」
 え、低いよ……。
 思わぬ返事にちょっと面食らう。
「伸びた」
「ええ……?」
 相変わらずこちらを見ないスカイが、口を尖らせて言うのがちらと見える。
「ちょっと立ってみろ」
 うーん。しょうがないなぁ。
 疲れた体を引っ張り起こしてその場に立つ。
 私に背中を合わせるように立ったスカイの背は、確かに伸びていた。
「あ。ほんとだ、一緒だね」
 私より高くはなっていなかったけれど、ほぼ同じくらいの高さに思える。
 笑いながら振り返ると、なんだかスカイが物凄く悔しそうにしていた。
 もしかして、私より伸びてたつもりだったのかな?
「……とにかく、低くなかっただろ?」
「うん」
「だから、俺が負ぶってやるって」
 スカイが私の前に屈んでその小さな背中を差し出す。
 ……だ、大丈夫なんだろうか。
 何せ、ここから先は急な上り坂だ。
 体重だって私と大差無さそうなスカイの背は、ともすれば私より小さいんじゃないかと思えるほどに華奢だった。
 いつまでもおろおろとためらう私に業を煮やしてか、スカイが声を荒げた。
「いいから乗れ!!」
 怒鳴りつけられて、慌てて目の前に背に飛びつく。
 スカイが、その小さな両足を精一杯踏ん張って、ぐっと立ち上がる。
 つい自分にも力が入ってしまう。

 両足が地面から離れただけで、なんだか感動してしまった。

 ふらり、ふらりと時折左右に揺れながらも、スカイはそのまま、私を背負って一歩一歩確実に坂を登って行った。


 目の前で小さく揺れている一抱えほどの黒い塊。
 顔を近づけると、それはスカイの熱と蒸気でぽかぽかしていた。

 ほんの数日前に、初めて子クジラを抱いたときの感触を思い出す。
 温かかったな……。
 鼻の奥がツーンとして、目頭が熱くなる。

「……クロマル……」

 私がぽろりと零した言葉に反応して、キュイーと、鳴いた。スカイが。

「……」
「…………」
 居たたまれない沈黙。

「……スカイ君……?」
「………………っなんだよ!!」
「な……なんでもない……」
 スカイの背中が急激に熱くなってゆくのを感じながら、言葉を引っ込める。
 揺れる青い髪にちらちらと隠れる耳も、赤く染まっていた。

 ふと顔を上げると、先程までとは全く違う景色が広がっている。
 いつの間にか、坂の半分まで登っていたようだ。
「うわぁー。海だ……」
 丘の向こう側、遥か彼方にキラキラと光を放つ水面が見える。
「もっと上見てみな」
 上?
 スカイに言われるままに、視線を上げる。
 海の上空には、まるで海面をそのまま鏡にでも映したかのような
 光を反射してたゆたう水面があった。

「……浮海?」
「ああ、天気がいいとよく見えるんだ」
「初めて見た……」
 両親から話を聞いた事はあったけれど、実際目にするのは初めてだった。
 本当に、海が浮いてるように見える……。
「綺麗だろ?」
「うん、すごく綺麗……」
 ずっと向こうに浮かんで見える大きな海を眺めながら、うっとりと目を細める。
 その瞬間、スカイがバランスを崩した。
「うわっ」
「わぁ」