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circulation【4話】緑の丘

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 持ち直せずに、べしょっと潰れたスカイにのしかかる形で倒れこむ。
 うわわ、スカイ君潰しちゃった。
 慌ててスカイの背から降りると、スカイが私より慌てた形相で跳ね起きた。
「ど、どっか痛いとこないか!?」
 スカイの勢いに押されて、若干後ずさる姿勢で返事をする。
「え? えーと……うん、大丈夫」
「そっか、よかった……」
 ほっと胸を撫で下ろすスカイの肘に、擦り剥けたばかりの傷があった。
「スカイ君の方が怪我してるよ」
 私に指さされて、スカイが自分の肘を見る。
「ああ、このくらいなんてことない」
 そう言って胸を張るスカイが、本当に屈託なく笑うので、私もつられて苦笑する。

 丘の上まであともうちょっと。

 私達は、急な坂を並んでゆっくり歩いた。
 一番上まで登りきると、頂上は驚くほどに狭かった。
「ラズ、疲れてないか?」
「うん。大丈夫……」
 疲れていないことはないけれど、なんだか気持ちのいい達成感があった。

 ザアッとそこらじゅうの木々を揺らしてひときわ強い風が吹く。
 汗ばんだ体に、涼しい風が心地良い。
 その風に乗って、黒くて丸い風船のような物が、私の頭上を通り過ぎた。
「え!?」
 慌てて視線で行方を追うと、そこには浮海へと向かって飛ぶ子クジラの姿だった。
 ……一瞬、スカイのバンダナが飛んでいったのかと思った……。
「まだ残ってたのがいたんだな」
 スカイが、風に乗って……というより風に翻弄されつつ飛んで行く子クジラの後姿を見つめながら呟いた。
「毎年、暑くなってくる頃には子クジラ達は皆あの浮海へ帰るんだ」
「ふーん……」
 じゃあ、クロマルも、元気なら今頃あの海で泳いでたんだ……。
「ラズ」
 名前を呼ばれて隣を見ると、ラベンダー色の瞳が真っ直ぐにこちらを見つめていた。
 ああ、そっか。背の高さが同じくらいだから、真っ直ぐに目が合うんだ……。
 じっと、思いつめたような必死さで見つめられて、スカイから目が離せない。
「スカイ君……どうか……した?」
「いいか、ラズ、よく聞けよ」
「う、うん……」
 何だろう。怒られるのかなぁ……。
 そうだよね。私、またスカイ君にいっぱい迷惑かけちゃって……。
 ああ、そうだ。
 まだ私、スカイ君にごめんなさいって言ってない……。
「その、だ。こないだは、その……」
 スカイが何かを言いかける。
 と、とにかくここは先に謝っちゃおう!!
「ごめんなさい!!」
 ぶんっと思いっきり頭を下げる。
「は?」
 スカイの、とても間の抜けた声が聞こえた。
 あれ?
 ちらり、と姿勢はそのままに顔だけ上げて見ると、
 スカイはぽかんと口を開けていた。
「ぶふっ」
 堪えきれず噴出す。
「な、な、なんでスカイ君そんな顔なの?」
 なんだろう。いつも眉間にしわを寄せているような、そんなしかめっ面の男の子が、もうほんとに心の底からきょとんとした顔で、目も口も丸くして、なんでそんなおかしな顔が出来ちゃうんだろう。
 笑っても笑っても、その瞬間の表情が脳裏から消えなくて、そのままその場に座り込んで笑い転げる。
 いや……ちょっと……も、も、もうダメだ……。
 息が続かなくなって涙が出てきた。
 謝った直後に大笑いじゃ誠意もあったもんじゃないな、とは思うのだけれども。
「なっ! なんで笑うんだよ!!!!!!」
 スカイの叫びが、なんとも哀れに響いた。

 やっと、笑いが収まってきた頃、私に合わせてか、隣に座り込んだスカイが、背中を向けたまま話し始めた。
「まあ、あれだ。それだけ笑えるならよかったよ」
 その声にはどことなくげんなりとした響きも含まれていたが、それは気付かなかったことにしておこう。
「あのな、ラズ、これからは、俺が傍にいるからな」
「うん」
 デュナお姉ちゃんも、フローラおばさんもいてくれる。
 私は決して一人ぼっちじゃないって、ちゃんと分かったよ。
「ずっと、ずっと傍にいるからな」
「……うん?」
「お前より先になんて、ぜっっっったい死なないからな」
 ああ。そういう事か。
「クロマルも居るからな」
 言われて、その頭のバンダナを見る。
 スカイが、ゆっくりこちらを振り返る。
 その顔は、やはり怒ったようなしかめ面で、その頬はやはり真っ赤だった。
「だから、もう泣くなよ」
「う、うん……」
 そのバンダナが、仮にクロマルの代わりだとしても、
 それがどう繋がったらそういう結論になるのかは分からなかったけれど、スカイがスカイなりに私の事を考えて起こしてくれた行動だという事だけは、痛いほどに伝わった。

 じっと、青い髪の向こうから、吊り上がったラベンダーの瞳に射竦められて、ふと思う。
「……じゃあ、スカイ君も、すぐ怒るのやめてくれる?」
「え」
 ラベンダーの瞳が、動揺するように揺れる。
「お、怒ってない、ぞ?」
 そうは言われても、そう見えないのだから困る。
「じゃあえーと……。急に大声出さないで、あと、恐い顔しないでくれると、嬉しいかも……」
 そうすれば、きっと怒っているように見えることもないだろう。
 実際、スカイの発言だけを見れば、確かに怒っているわけではないようだし……。
「恐い顔……?」
「うん、その、眉間のシワとか」
 スカイが、言われてはじめて気づいたとばかりに、眉間に触れる。
「分かった。努力する」
 素直に頷いたスカイを見て、何だか急に微笑ましい気持ちになった。
「ありがと、スカイ君」
 笑いかけると、途端にスカイも嬉しそうな笑顔になる。
 普段はツリ目の癖に、どうして笑顔はこうも人懐っこく見えるんだろう。
 可愛いなぁ。
 ああ、そっか。
 スカイ君は、可愛い男の子なんだ。

 真っ直ぐで、いつでも一生懸命で、時々恐いけど、本当は優しいスカイ君。

 なんとなく、スカイ君を虐めたがるデュナお姉ちゃんの気持ちが分かったような気がした。