暴れる女
第四章最終話
戸惑いもなくマンションのドアを開けた
鍵は掛かっていない
鍵を掛けずに出掛けたからだ
玄関先で足を止める
ユカリのヒールの横に
見覚えのない男物の靴があった
カカシは そのまま 部屋に入りテレビを付けた
勢いよく飛び起きる男の横で
ユカリが不機嫌そうに
「何処行ってたのよ」と
寝起きの声で告げる
カカシはベットに背を向けたまま
煙草を吸ってテレビのチャンネルを回した
味方を失った来客は
意外な程自由に動かない体で
服を着る焦りが伝わってくる
カカシが座るテーブルの上に置いた
セカンドバックに恐る恐る手を伸ばした男が
財布から札を取り出し
ベッドの上に丁寧に置き
一言も発する事なく出て行った
男はユカリの客ではない
客には部屋を教えない
どこかの飲み屋あたりで
拾ってきたのだろう
一度 鉢合わせした男は
二度と訪れない事を
計算に入れた計画的な行為だ
カカシは それを知りながら
「鍵掛けろよ」と言うと
枕に顔を埋めた
ユカリが脱ぎ捨てた服を持ち上げると
小さな紙袋が現れた
中には包装された
CDサイズの物が入っている
多分 最新のゲーム
子供への贈り物
何故此処にあるのだろう
そして 居るはずのないユカリが
何故 部屋に居るのだろうか
枕に伏せたままのユカリに
「パパに会った」と言葉を投げかけた
数秒 間を開けて 同じ姿勢で
「…そう」と答える
長い沈黙の後
「聞いたのね」と呟くユカリにカカシは 返事をせず
「渡さないのか?」と返す
俯せのまま
頭を回転させて顔を向けるユカリは
「見せつけられてきたわ」と
皮肉な笑顔を見せた
ファミリーワゴンで出掛ける家族の中に
ユカリの子供の姿があった
『ママ』と呼ぶ女性の手にぶら下がり
僕の横に座るんだと駄々をこねる子供を
あやす様に 仕方ないわねと微笑む
ユカリの目には
幸福な親子に映ったと言う
「もう お祓い箱ね」と哀しく笑った
暴れる女は 暴れ狂う理由を失い
希望の炎は静かに鎮火し
消えて行く憐れなか細い残り火を
ユカリは自ら吹き消したのだ
ピッピッピッ…ピッ…
短い機械音が鳴り
携帯が充電不足を知らせて切れた
最後の力を振り絞り鳴る
カカシは胸の鼓動を感じた
心臓音が力強く耳奥で響く
カカシは本物の心臓を手に入れた様に
ユカリの横に座り
「俺がいるよ」と
頭を持ち上げたユカリが
「カカシのくせに」と
笑った
「カカシだって最後は人になれるんだ」と
ユカリの頭を撫でる
背中を曲げてキスをするとユカリは
綺麗な瞳で
「それってピノキオじゃないの?」と見つめる
カカシはもう一度 唇を塞いだ
≡END≡