暴れる女
第三章カカシ
車を降りた道路沿いの道を
何も考えず 歩いていた
正直 考える意味すらないいとさえ思う
ユカリが隠す以前に
ユカリにとって自分の存在は
話しをする価値がないだけの事に過ぎない
ただ 気まぐれに拾った男
それだけの事だ
腹を立てる気にもならなかった
道沿いのコンビニで煙草とライターを買い
釣銭をポケットに押し込みながら
店員に 地下鉄の場所を聞いた
ビルの一角に埋め込まれた地下鉄の階段を降りて
路線を見る
随分 遠くまで連れて来られていた
終電を乗り継いで戻れるか
微妙な時間帯だが
とりあえず最寄の駅までの切符を買い
改札を通り抜ける
人気のないホーム
電車から降りてくる人数もまばらだった
都心へと向かう地下鉄
山手線に乗り換え
その後の乗り継ぎは終電が終わっている頃かもしれない
座席の空いている車内の中で ドアの前に立ち
眺める風景などない暗闇を見ながら
カカシは「チッ」と舌打ちをした
駅名を告げるアナウンスが流れ
ドアの上にある路線図で確認する
まだ 乗換駅までは時間が掛かりそうだ
カカシは諦めて座席に座った
しばらく 足を組んで座っていたが やる事もなく
仕切りに組んだ上の足で貧乏揺すりをしながら
暇に耐え切れず ユカリの携帯を開いた
着信履歴4件とメールが届いている
アドレス帳を開くと
知らない名前が並んでいた
この中の何人が ユカリの肌に触れたのだろう
暗闇の中を照らす車内の明かりが反射し
対面する窓に自分の姿が映り込む
くたびれたシャツに 不精髭
やつれた顔に 剥き出しの鎖骨
視線の定まらない眼
魂の抜け殻が そこにあった
ユカリが名付けた
[カカシ]
懐中時計を藁の中に潜め
カチカチと鼓動をならす
[カカシ]
ユカリの携帯は
心臓の役目を果たすのだろうか
充電の残りは 後ひとつ
どちらの心臓が先に止まるのだろう
携帯を閉じて
シャツの胸ポケットに入れた
役に立つのは 携帯か
それとも 心臓か
賭けをする様に
やはり 最後の乗換の電車は終電を終えている
改札を抜け
タクシーを待つ列に並ぶ
タクシーに乗るのは 何年ぶりだろう
前に並ぶスーツを着た男が携帯で数秒
簡単な帰るコールを告げ
携帯を切った後 深い溜息をついた
カカシがくわえていた煙草に火をつけると
スーツの胸ポケットから空の煙草を取り出し握り潰す
後ろから煙草を差し出すと 愛想良く振り向き
手を伸ばしかけて カカシの容姿を見た途端に
「大丈夫です」と断った
(お前のは いらない)と否定する様に
金の出所は
スーツの男より数十倍稼いだオーナーの物である事も
帰るコールした相手よりも数倍
いい女のユカリの家に住んでいる事も
このスーツの男は知らない
正当な判断だ
人としての価値を評価された気がして
二度と振り向かないスーツの男の背中を見ながら
タクシー乗り場の列を外れた
大通りを しばらく歩き
空車のタクシーに手を上げるが
スピードを落とす事なく
タクシー乗り場へと通り過ぎる
仕方なく歩き出すと
反対車線で客を下ろしたタクシーが
Uターンして横に停まった
タクシーに乗り込み 行き先を告げる
しばらくして
他愛ない天気の会話を持ち出したタクシー運転手が
定年退職をした後 タクシー会社に勤め
息子の学費を払っていると話し出した
放蕩息子だと謙遜して言う
「大変ですね」や「頑張ってますね」と
返すのも気が引けて
ただ「そうですか」と答えた
そこで 会話は途切れ
見慣れた風景に変わる
告げた行き先より 手前で降ろして貰い
支払料金の金額よりも 高い札を渡し
「釣りはいいです」と言うと
運転手は始めて振り向き顔を見せた
そんなものだろう
ユカリの携帯を開くと
まだ 充電は残っていた
カカシは自分の卑劣さに苦笑する
機械である携帯に勝つ為の時間稼ぎをした自分に
嫌気がさす
行き着けの居酒屋の前で
足を止めた時は
流石に 入るのをやめていた