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田村屋本舗
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暴れる女

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第二章パパ




[ユカリ]が慕う男が居る

その男を〔パパ〕と呼んでいた


ユカリの働く店から連絡が来て
渋々 店に迎えに行く

華やかな商店街を逸れ
パチンコ屋の裏口とコンクリートに囲まれた
薄暗い路地

窪んだ壁に店の看板があった

狭いドアを開け
階段を降りる

自動ドアが開き奥へ進むと
カウンター越しに
男が静かに頭を下げた

昔は スナックかバーだったのだろう
カウンターの中にボトルを並べる棚には
ボトルも飾り気もなく
ゴチャゴチャとメモ書きが貼られ
雑誌が何冊も重ねて置いてある


グラスもなく 無造作に烏龍茶の缶をカウンターに置く



「……連絡…請けた…」

「オーナーが来ます お待ち下さい」

無愛想な男が携帯の画面を見ながら
口早に答えた



数分後 男の携帯が鳴り
言われるまま
男の後を付いて店の外に出る


狭い路地に
黒塗りの車がギリギリに
横付けして停まっていた


後部席の窓が降り
普段着の小柄な年配の男性が
朗らかな表情で顔を見せる


横に立つ男が 姿勢を正して
深々とお辞儀をするので
釣られて頭を軽く下げた


薦められるまま
後部座席に乗り込む

「君が 案山子〔カカシ〕君だね」

勿論 本名ではない
外見から [オズの魔法使い]のカカシに似てると
ユカリが名付けた


否定するのも面倒なので軽く頭を下げる

愛想よく振る舞う雰囲気にもなれなかった



店からの呼び出しも初めての事で
偶然 部屋に忘れたユカリの携帯が
何度もコールするので
仕方なく対応した結果
今の状態があるのだ


ユカリの働く店の名前も場所も
初めて知った


薄汚れた 廃れた店にユカリの姿はなく
迎えが来たと言う事は
実際に勤務している店ではないのかもしれないが
どうでもいい


見知らぬ人の高級車に座り
日常的に有り得ない状況に
完全に思考回路は停止していた


ユカリの携帯を握り
高価な物など 何ひとつ身につけず
洗いざらしの皺クチャなシャツと
履き崩したジーンズ
素足にサンダル

高級車の革張りのシートに
あまりにも場違いな容姿が
逆に緊張感すら失った


走り出す車内で
意味もなく
ユカリの携帯を
開け閉めしているしかなかった


「君の話を聞く事があるよ」
沈黙を切った年配者が
返答を求めているのが伝わる

正直に「そうですか」と返すしかなかった

ユカリが何を話そうが
興味も抱かないし
年配の方の話題を
聞いた記憶もない


脳裏に浮かぶのは「パパ」のニ文字


落ち着いた雰囲気から
「パパ」の可能性は極めて強い


「…ユカリは何処ですか?」
俯いて尋ねる他にすべき事はなかった


ゆっくりと煙草に火を燈した年配者は
深く座席に凭れ
濃い煙りを吐きだし

「…さぁ どうでしょう」
曖昧な答えを呟き
無造作に置かれた小さい鞄を持ち上げた


「先程 店に届きました」
見覚えのあるユカリの鞄に
昨夜の光景を思い出した

確かに 鞄を持っていなかった事を


「…スイマセン」
戸惑いもなく 頭を下げてユカリの鞄を受け取ると
煙草を吸い込み
「今日は 子供の誕生日だろ」と
煙りを吐きながら年配者が意味ありげな言葉を呟いた



「………子供?」


年配者は若干 困惑した顔で
「君は 知らないのか」と
煙草を灰皿に擦り潰した


行く先を知らされず
車は何処かへ向かっていた


窓の外に散らばる無数のネオンを眺め
移動する車内に乗せられたまま
ただ黙って座っていた


「よくある話だ」
何の前触れもなく年配が語りだす


「離婚した女が子供を抱えて水商売に身を寄せる」
年配が座席に頭を凭れ
腰を前にずらし 深く座り直し腕を組む

「雇う側としては 子持ちの女性は重宝でね
文句も言わず良く働く…母親とは強いもんだな」


窓の外を眺めたまま
年配の話を ただ聞いていた


「ユカリも良く働く女だった」


耳に届く声に 仕方なく向きを変え 年配者を見た
「…だった?」
過去形に 疑問を投げ掛ける


「知り合いのスナックでね
たまに付き合いで店に顔を出す程度なんだが
そこでユカリを見付けてね」

年配者は 記憶を辿りながら微かに口元が笑った

「不器用な娘でな 感情の起伏が激しくて
問題児だったな」

遠い瞳の奥に浮かび上がる
ユカリの幻想を愛おしく見つめる

そんな年配者の横顔から
視線を外しユカリの携帯を握りしめるしかなかった


煙草ケースから一本取り出して口にくわえ
煙草ケースを差し出す

断る理由もないので煙草に手を伸ばした


ブランド品のライターの蓋が金属音を鳴らし
燈した火が揺れる

タールの重い煙草が喉に押し寄せ
お世辞にも美味い煙草とは言えなかった


「不慣れな仕事に 女同士の争い
客と…喧嘩になる事もあったな」


ファンが回っていても
車内に充満しそうな煙草の煙りを逃がす様に
窓を開け


「正義感と使命感は 時として反感を買う
煙たい女は 追い出すしかない
煙草の煙りと同じだ」


横を向いていた年配者の形相が
経営者の威厳に変わる


「裁判で離婚した元夫に
親権を握られ
子供を奪われた事を
面白おかしくネタにする娘が居たとしたら
どうだ?」

突然の投げ掛けに
動揺もせずに「…さぁ」と答えた

冷静な対応に
年配者の顔も 穏やかさを取り戻し

「あれから…2年か…早いもんだ」


窓の外を眺める気分にもなれず
指先の煙草の灰が
車内の床に落ちるのを黙って見ていた


移動中に何度か年配者の携帯が鳴った


携帯から漏れてくる声は 男女様々で
興奮した声で不満を愚痴る女性の話を
ただ相槌の返答を繰り返すだけで
相手のトーンが消滅していく


多分 オーナーと呼ばれる年配者が
〔パパ〕なのだろう



「2年前から貴方の店に?」

何となく聞いてみたくなった


窮屈そうに座席で背を伸ばし
定位置に体が座席に納め


「子供の話題になる度 荒れてね
従業員に氷を眼に投げつけて怪我させたり
常連客からも苦情が堪えなかった」



「ママに喰って掛かったと聞いた時に
譲り承ける話を持ち掛けたよ
職種は大分違うがね
それでもいいと 二つ返事で風俗業界
…それが2年前だ」




信号が赤に変わる
スピードを減速して車が停車していく


「ユカリは何処ですか?」


後頭部の髪を触りながら低音で呟く

「子供の所だ…」


しばらくして
信号が変わり加速して行く


うなだれた頭で俯いた姿勢のまま
溜息に似た息を吐きだし

「…降ろして貰えますか」と漏らした


年配者は鼻で息を鳴らし
「車を寄せなさい」と運転手に告げた


ユカリの鞄から財布を取り出す手を制して
胸から財布を出し一万札を3枚手渡す


「悪かったね 呼び出して」

躊躇なく金を受け取り
「スイマセン」と頭を下げた


車が停まりハザードの音が小刻みに響く


ドアを開け足で地面を踏むと
背後から年配者が言葉を掛けた


「これから どうなるのかね」

作品名:暴れる女 作家名:田村屋本舗